【第四部】第一話 自らの意思で

 さて、中学二年の二学期ともなると、高校受験のことを意識する生徒も出てくる。勇二郎は何も考えていなかったが、級友に誘われるままに、学習塾への興味を持った。彼が言うにはそこに通うようになって勉強が分かるようになり、成績も上がったらしい。


 まずは母と共にその塾へ説明を聞きに訪れた。母が調べたところ、そこは全国チェーンなどの大手ではなく、小さな町塾であったが、大阪府内の進学校への合格率が高いらしく、わるいところではなさそうだ。落ち着きがなく、飽きっぽい勇二郎がついていければよいが、とそれだけが母は心配だった。


 塾へ到着し、指定された席につくと、ワイシャツにスラックス姿の塾長が現れた。学校の男性教師というと、校内暴力に備えてか、勇二郎は何かしらのオーラや威圧感を感じたものだが、それとは違う種の雰囲気を漂わせ、柔和な顔立ちをした、人のよさそうなおじさん、という感じの塾長は、にこにこしながら、自塾の概要を説明した後、勉強への取り組み方を母と子に説明をしてくれた。


「まず、全体的に言えることなんですが、星の数ほど問題を解くことです。そして、間違えた問題は解けるまで何回も解くことなんですが、人の記憶はすぐになくなってしまいますので、定期的にやり直しが必要です」


 勇二郎は、『星の数ほど』と聞き、一体いくつなんだろう、と思ったが、妙にその言葉に惹かれた。


「受験までの時間は限られていますが、実力をつけるのに時間がかかるのは、英・数・国になります。この中で、国語は古文の文法など覚えることはあるにはありますが、これまでの読書量に依る部分が大きいです。佐藤君は、本を読むのは好きですか?」


 勇二郎は、塾長の問いに答える。

「小学生のときはよく読みましたが、最近は読んでません。」


 彼の答えを聞いた塾長は、様々なアドバイスを彼に与えた。

「では、新聞の一面のコラム欄を書き写してみてはいかがでしょう。毎日やるのが理想ですが、塾の新聞を使って、塾に来たときに自習室でやっていただいてもかまいません。三十分もあれば、できると思います。たんに写すだけですが、国語力が上がるお子さんは多いですよ」


「問題は、英語と数学です。時間がかかります。英語を伸ばすには、講師の力量もあり、文法や構文の教え方、勉強の仕方を身に着けさせること、各自の習得状況をチェックしていくのに指導力が必要なんですが、それだけでは足りないです。生徒さんの日々の努力が必要です」


「数学は講師の力量に頼る部分が非常に大きいです。まずは理解しなければなりませんので、分かる授業をし、宿題をできるだけ多めに出します。授業中に改めて説明しますが、数学は暗記科目ではありません。考える力をつけることが重要です。これも生徒さんの日々の努力が必要な科目になりますので、がんばってください」


「理科、社会は、受験前の詰め込みが可能です。三年生の二学期から取り組んでも十分に間に合います。当面は、英・数・国に集中されてはいかがでしょう」


 概ね、このような話であった。母は十分納得したようで、勇二郎としても、もとより友人と通いたいという部分が多かったため、他塾との比較検討をすることなく、この塾にすることを即決した。『星の数って、どれくらいなんだろう』、と勇二郎は帰り道も、ずっとそのことを考えていた。


 英語と数学の二科目を受講することにして、後日、入塾テストなるものを受け、勇二郎の塾通いが始まった。母は、運動能力にも恵まれず、その集中力のなさから勉強にも向いていないと思っていた勇二郎が、自発的に塾に行くことを希望し、自分から、母をその場所に連れていったことを、大いに喜んだ。『ぼーっ』としたところのある勇二郎が、自分から何かに取り組もうということだけで、嬉しかったのである。

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