第五話 期待の(?)新天地

 勇二郎一家の大阪への転居は、九月の終わりと決定した。十月には小学校の修学旅行が予定されていたため、父は勇二郎が修学旅行くらいは行けるようにと、ぎりぎりまで調整をしてくれたようだが、かなわなかったらしい。


 こうして、智恵、江里奈、勇二郎の『ヤンチャ坊主三人組』は、それぞれの新たな門出を迎えることになった。勇二郎は、江里奈だけでなく、智恵さえも、自分を置いて沖縄を出ていくことには驚いたし、修学旅行に行けないことも、残念で仕方なかった。


 彼の一家は、小鳥を多く飼育していたので飛行機は利用せず、フェリーに乗った。父の車に小鳥の入ったたくさんの鳥籠を積み、彼らは二等客室にて他の客と一緒に、ざこ寝する旅であった。四日間ほどの船旅であったので、中には仲良くなって酒を交わす大人たちもおり、一見、楽しい船旅のようだが、勇二郎の心中は晴れなかった。大阪生まれとは言え、沖縄育ちの彼には、『内地』への引っ越しには、複雑な思いと抵抗感もあったのである。


 妹の晴子、弟の正二は、喜んで船の中を走り回っていたが、それを横目に、雄二郎は客室の床の隅で壁にもたれかかり、膝を抱えて体育座りをしているばかりだった。定期的に、父と共に、車へ小鳥たちの様子を見に行った。彼の桜文鳥『勇太』は、薄暗い中、元気にさえずっていて、彼を少し安心させた。勇二郎が籠の隙間から指を入れると、嬉しそうに甘噛みをしてきた。他の小鳥たちも環境に慣れたようで、ぴいちくぱあちく、と楽しそうに過ごしているようだ。


 そんな船旅の中、勇二郎は、揺れの静かな時は、一人デッキに上がり、海を見て、呆然と佇んだ。ズボンのポケットの中には、江里奈からの手紙が入っており、それを繰り返し読んだ。

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 勇二郎へ

 今までありがとう。勇二郎との楽しかった毎日、忘れません。

 勇二郎と修学旅行に行きたかったです。

 同じ中学校へ通いたかったです。

 わたしは、勇二郎を守ってあげたかったです。

 わたしは、勇二郎に守ってほしかったです。

 でも、子供のわたしたちにはむずかしかったです。

 体だけは気をつけてがんばってください。

 勇二郎の喘息が早くよくなりますように。

 わたしは、勇二郎のことが大好きです。

 さようなら。 江里奈

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 少し丸く、江里奈らしい、かわいらしい字でそう綴られていた。


 船の周りでは、陽を浴びてキラキラとした光を放って、トビウオの群れが飛んでいる。それはそれは、とても美しい光景だったが、雄二郎の沈んだ気持ちを慰めるには全く足りなかった。


 沖縄に帰りたいなあ、江里奈に会いたいなあ。小学六年生男子としては、めそめそと泣くことはできないが、どうしても前向きな気持ちになれない。


 大阪に上陸すると、彼の叔母が勇二郎一家の到着を待ちわびていた。船が着岸し、港に降り立つと、叔母が父母への挨拶もそこそこに、勇二郎に抱擁し、頬ずりをした。濃いめのサングラスをかけて、少し短めのズボンをはいた洒落たいでたちのその女性は、母の実の姉で小石喜代美といった。


 勇二郎には、大阪での記憶はまるでないので、改めていろいろと教えてもらった。

 小さい頃、もっとも面倒を見てくれた親戚であること、母が妹や弟を出産する際には、この姉に預けられていたこと。勇二郎も彼女のことを「小石ばば」と呼び、非常に懐いていたこと。なんでも、妹の出産時には、母が帰宅しても、彼はこの小石ばばにくっついたままで、実の母に寄ってこようともせず、母が抱き上げると泣き出してしまったほどであったらしい。


 そのような話を聞かされてもまるでピンとはこないが、勇二郎は、叔母から伝わってくる親愛の情を確かなものとして、感じ取った。『ばば』呼ばわりは失礼な話であろうが、そう呼ばれることを当人も喜んでいるようで、自分から「『こいしばば』だよ」、と自己紹介したくらいである。親戚のいなかった勇二郎にとって、約七年振りに再開した叔母は、まるで祖母のような存在に感じられた。


 出だしは良かったようであるが・・・。さて、これから、勇二郎にとって『新天地』大阪での新たな生活が本格的にスタートする。彼は自分の『故郷』は沖縄だと思っているので、彼にとっては、そこは未知の『新天地』なのであった。

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