【第一部】第一話 ともだちは、うちなんちゅの女の子
勇二郎は、昭和四七年四月に大阪に生を受けた。沖縄県が米国から日本に返還された年である。彼が四歳になってまもなくの頃、父親の異動、転勤が決まる。父母、妹、弟の五人家族で、沖縄県に転居、当地の幼稚園に転入した。
彼には幼少時の記憶はほとんどない。ただ、当時、流行していた八ミリカメラで両親が幼少時の日常を撮影してくれており、物心がついた小学生の頃くらいには、正月には自宅リビングで映写会を行い皆で思い出を語り合っていた。幼い頃、どんなことをしていたのかについては、話としては知っている。
庭先におかれた子供用のビニール製プールで遊ぶ無邪気な子供たちの映像が、記録されていた。勇二郎は、プールの中にいる妹の晴子にホースで水をかけて、彼女が喜んだり泣いたりしたようなシーンがたくさん映っている。ちなみに、彼女は五月のよく晴れた日に生まれたそうで、晴子(はるこ)と名付けられたらしい。故郷より遠く離れた沖縄の地、周りに親戚はいない。家族での一体感は高い方であった。
勇二郎は小児喘息持ちで体の強い子供ではなかったが、よく喋り、常に走り回っている活発な子供だった。ただ毎日が、キラキラして楽しくて仕方がなかった。やることは毎日変わらないのだが、全く飽きない。自宅はアメリカ軍の施設の一部を住居として一般民間人に提供されていたもので、寮のような作りになっていた。そのせいで近隣の家族とは自然と仲がよくなった。
夏の日の夕方、庭先でバーベキューを誰かが始めると周りの二、三家族も集まってきて、自然と飲み会が始まる。大人たちがオリオンビールや泡盛をぐいぐい飲り、わーわー騒いでいる横で、子供たちは、追いかけっこをしたり、すいかを食べて口からぷっと種を吐き出してお互いにぶつけ合いっこをしたりして遊んでいた。
勇二郎の一日は、友人が家に来るところから始まる。
朝、食事を済ますと、隣近所の女友達である智恵と江里奈が彼の家に迎えに来る。
「おーい、勇二郎!幼稚園に行くぞ!」
大きな声で二人に呼び出され、彼女達に引きずられるようにして、幼稚園に通う。
男勝りの女の子というのはそれほど珍しいものではないが、その二人の女友達は体が大きい方で、性格も堂々として腕っぷしも強く、男の子と取っ組み合いをして泣かしてしまうほどであった。勇二郎は魚釣りに、秘密基地作りに、けんけんぱに、と毎日のように引っ張り回された。
「けんけんぱ」とは、今ではほとんど聞かなくなったが、昭和時代に子供たちの間で流行った遊びで、地面に方足を置いてもよい輪を縦に何個も描き---たまに両足を置いてもよい輪として二つ左右に描く---、石を投げて描いた輪の中に入ったら、次の人は片足でスキップして足が輪に入るようにしながら駆け抜けて、石を拾って帰ってこなければ負け、という遊びである。石投げが外れても負け、足が輪からはみ出ても負けである。片足を置くときは、「けん」と声を出し、両足を置くときは「ぱ」と言うのが常であった。
「けん、けん、けん、ぱっ!」「けん、けん、ぱっ!」という子供たちの声と、「もう晩御飯だよ!早く帰っておいで!」という母親たちの声があちこちの公園で聞かれたものである。
魚釣りと人が聞けば、沖縄の海での豪快なそれが連想されるかもしれないが、いやいや、子供たちがやることである。場所は、近所の用水路のような小さな川。仕掛けは、物置の隅に転がっていそうな釣り竿と呼ぶのが適切かどうかも微妙な棒っ切れの先に糸をつけ、自宅から持ってきたパンや自分たちで土から掘り出したミミズをさした釣り針、ただそれだけである。そうしてこさえた仕掛けを水面に浮かべたり、重りをつけて水中に放り込む。すると、熱帯淡水魚ティラピアや、フナ系なのかなんだかよく分からない不思議な魚や、手の平サイズのカニが上がってくるのである。智恵がよくそういったものを釣り上げて、みなでつついてみたり、一通り観察したら逃がす。
夜、食事の後、彼が一日中遊びまわって疲れてリビングの隅で眠っていると両親が抱きかかえて自室の布団まで運ぶ。体を持ち上げられて抱っこされても起きることもなく、自室で眠り続ける勇二郎であったが、ふと夜中に目が覚め、深夜放送されているアメリカ映画を布団の中で見ている両親の真ん中に潜り込み、そのまま朝を迎える、というのがお決まりのパターンだった。
そうして、次の朝が来ると、また例の勇二郎を呼び出す元気な女子たちの大声が、家の外から聞こえてくる。
「勇二郎ー!!幼稚園行くぞー!!」
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