令和竜宮城
松長良樹
令和竜宮城
会社から帰るとアパートの前に見慣れぬ美人が立っていた。疲れていた俺は誰だろうと思いつつも美人をスルーして部屋に入ろうとした。
でも、その美人は俺に声をかけてきた。
「お待ち申しておりました」
品のいい声だ。俺はびっくりして立ち止まった。俺は美人には縁がないから尚のことだ。
「僕ですか?」
「お待ち申しておりました。わたくしは乙姫です」
俺は頭の変な女に絡まれたのかと思い、黙って部屋に入ろうとしたがその女はこう言った。
「わたくしは乙姫でございます。あなた様はちょうど五年前、大阪に出張したときに、池の傍で今にもカラスに食べられようとしていた一匹の銭亀をお助けになりました。そしてその亀を宿泊中のホテルに持って帰り、エサを与えるなどして可愛がり、東京に帰る時にはそっと人目に付かないように池にお放しになりました。その節はありがとうございました。その御恩をお返しする為、こうしてお待ち申し上げておりました」
俺は思い出した。そして女の言う事が記憶と合致した。俺は確かに五年ぐらい前、大阪で銭亀を助けた憶えがある。
「今宵は夢のようなひと時をお過ごしくださるように手配してございます」
女がひざまずいたのでは俺は半信半疑でただ頷いた。
女の案内したところは「クラブ竜宮」という高級クラブだった。俺は即、家に帰ろうとしたが女が返さなかった。一晩で一か月の給料は軽く飛びそうな店だ。
しかし、乙姫のなんと艶やかで美しい事か。
俺は一口酒を飲んだ瞬間にこの夢のような出来事をすべて受け入れることに決めた。そして店の奥から銭亀という名のこれまた飛び切りイイ女が出てきて俺に礼を言った。
「あの時は命を助けていただきまして本当にありがとうございました」
そして俺はこのパターンはもしかして浦島太郎? と思い当たった。現代版浦島太郎なのかもしれないと思った。そうだったら凄い。
その後のお楽しみときたらもうこの世の最高の愉悦に違いなかった。広いクラブ内に綺麗どころを多数はべらせ、歌をうたい、美酒に酔いしれ、旨いものをたらふく食べた
後のハレンチな詳細は刺激が強いといけないので省略するが、とにかく俺は生まれてきてよかったなあ……。と、アホみたいにニヤニヤと笑いっぱなしだった。
俺は思った。ここは竜宮城なのだ。銭亀を助けたことで、俺は
それにしても夢とは思えないリアルな体験で、夢か現実か区別もつかなくなった。
こうなるとこの竜宮城から帰りたくないし、夢ならば覚めたくはなかった。
俺はそこで三日三晩遊び狂った。我が体力の限界まで。そして四日目の朝、目の下に隈ができただろう俺に向かって乙姫が少しばかり悲しそうにこう言った。
「そろそろお帰りのお時間となりました」
俺はしばらく聞こえないふりをした。
「おなごり惜しゅうございますが、あなた様もここにずっとおいでになることは出来ますまい」
「いえ、できますかも」
俺は拗ねたように言った。しかし乙姫一同、畳に額が付くほど頭を下げ、俺に一礼するのだった。俺は悲しくて残念で泣けてきそうだったが、さすがにいい歳をして恥ずかしいので仕方なく無言でうなずいた。
そして目が覚めた。なんだやっぱり夢だったのかと思った。
俺は自宅のベッドで三日三晩眠りこけていたらしいのだ。俺はこの時ほど独身で良かったと思ったことはない。既婚だったら途中で起こされたに違いないから。まあそれはいいとして。
ところが俺の部屋にはきれいな箱が置いてあった。なんだろうと思ううちにもしかしてあれは夢じゃかもしれないと思った。そしてこの綺麗な箱はもしかして玉手箱?
大きさも形もそれっぽい。やはり夢ではなかったのか。何が何だかわからない。そこで俺は考えた。この玉手箱を開けたら最後、即、俺は老人になるかも知れないと。きっとそうだ。
浦島太郎の話からして開けるのはリスク高すぎだ。
そこで俺は玉手箱を開けなかった。全然開けなかった。やがて長い年月が経ち、俺は自然に老人になった。そしてもはや余命いくばくもないと悟ったとき玉手箱を初めて開けた。と、中から白い煙と共に、やつれ果てた老婆が出現した。
「うあわ! あ、あんた誰だ!?」
俺はびっくりして大声を出した。と、老婆はすすり泣きながらかすれた声でこう言った。
「わたくしは、乙姫でございます。あなた様ともう一度、逢瀬を楽しみたくて、玉手箱に潜んでおりました。それなのに意地悪なあなたは、ちっとも箱をお開けくださらない。ああ悲しい。こんなになって」
俺はつくづく後悔した。痛ましい程に後悔した。
そしたら急に胸が苦しくなった。気が遠くなる。
俺が最後にきいた言葉は
「おじいちゃん! 死んじゃいや!!」
だった。
物語も俺も おしまい。
令和竜宮城 松長良樹 @yoshiki2020
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