第7話

 まりが十になった年のことです。村に旅のお坊さんがやって来ました。たいそう年を取っているようでしたが、旅なれているらしく、しっかりした足どりで歩いていました。やがて、お坊さんは吾平の家の前を通りかかりました。そして、はっとしたように立ち止まって、吾平の家を眺めました。お坊さんは、ちょっと首をかしげてから、また歩きはじめましたが、すぐにまた立ち止まりました。そして、今度はまっすぐに吾平の家に向かって歩いてゆきました。

 庭先には、ちょうどおたよが出ていました。お坊さんはおたよに向かって言いました。

「少々おたずねいたしますが、この家には、何かふしぎなことが起こってはおりませぬかな。」

おたよは、見知らぬ人にいきなりそんなことを言われたものですから、すっかりおどろいてしまいました。

「い、いえ。何もそのようなことはございません。」

おたよは、やっとのことでそう答えました。

すると、お坊さんはにっこり笑って言いました。

「いやいや、おかくしなさることはありません。私には、この家にふしぎな気配がただよっているのがわかるのです。ご心配には及びません。何か力になれるかもしれません。訳を話してはくださいませんかな。」

 おたよはそれを聞いて、あらためてお坊さんを見ました。すると、旅でよごれて、たいそう見すぼらしい姿をしているのに、その顔にはどことなく気品がただよっているではありませんか。

「この方は、きっとたいそう徳のあるお坊様にちがいないわ。」

と、おたよは思いました。そして、まりを見ていただくことにしました。

 やがて、まりがやってきました。お坊さんは、まりをじっと見つめました。そして、しきりに首をひねっていましたが、しばらくして言いました。

「このお子には、何かがとりついていますな。」

おたよは、それを聞いてびっくりして言いました。

「それでは、この子に化け物が・・・。」

お坊さんは答えました。

「いや、どうもそうではないようです。悪いものならば、そのお子の体から妖気が出ているはずですが、それが出ていません。たぶん、何か良いものがとりついているのでしょう。これには、これの考えがあってとりついているのでしょうから、時が来れば、自然と離れます。けっして追い出してはなりません。むしろ、何か良いことをしてくれるかもしれません。だから、そっとしておきなさい。そのように心配なさらずともよろしい。」

 旅のお坊さんはそう言って、おたよを安心させてやりました。そして、まりの頭をなでてやってから、おじぎをして出てゆきました。おたよが我に返って、お坊さんを探しに道に出た時には、もうずっと遠くをあるいていて、追い付くことはできませんでした。

 夜になって、吾平が畑から帰ってきました。おたよは、早速今日あったことを、吾平に話しました。すると、吾平は言いました。

「ああ、その方はきっとえらいお坊様にまちがいない。そうか、そんなことをおっしゃったか。よかった、よかった。」

 吾平もよほど嬉しかったのでしょう。目に涙を浮かべながら、何度も何度も、そう繰り返していました。そして、吾平もおたよも、ひょっとしたら明日にでも、まりに何かふしぎなことが起こるのではと、心配しながらも、胸をわくわくさせて待ちました。けれども、次の日になっても、何も起こりません。十日経っても、一月たっても、何も起こりませんでした。そして、いつしか5年の月日が流れてゆきました。

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