02 転生候補者

「なるほど。ある程度話は理解しましたが、あの、それで、転生でしたか?それは、最近アニメとかでよく聞くようなものですかね?ごめんなさい。あまりその手のことには知識が乏しくて……」

「うんうん!大体そんな感じ!」


 あの後、白澤が氷室に詰め寄り、半ば強引に家の中にお邪魔することが出来たのだが、見ず知らずの人間に、突然『転生しましょう!』なんて言われてみろ。明らか頭おかしいだろ。て言うか、お前があっさり転生させるのはやめようって言ったばかりじゃないか!すっかり忘れていた。踏むべきステップを無視して猪突猛進してしまうのが、白澤という女なのだ。


 しかし、この氷室という男も大概である。普通、迷惑な宗教と捉えてもおかしくないはずだ。にも拘わらず、何の抵抗もなしに家の中に入れてしまうなんて危機感なさすぎるんじゃないの?


「あー、とりあえず自己紹介ですが……私は、株式会社転生エージェントの四島と申します。こっちは同じくエージェントの白澤。本日は、貴重なお時間を頂きましてありがとうございます」

「四島さんはおいくつですか?」

「はい?26ですが……」

「でしたら、そんなかしこまらなくていいですよ。自分より年上ですし……」

「いやいや、そういうわけにはいかないですよ」

「実は、年上の方に敬語でしゃべられることが、あまり得意じゃないんです」

「はぁ……そこまで言うなら」


 俯いたままお願いされてしまってはどうしようもない。しかし、どうもやりにくい。転生候補者はお客様だ。これまでの案件も敬語で話してきたから、違和感しかない。まぁ、すぐに慣れるだろう。俺は、少し首をかしげながらも、なんとか言葉を紡ぎだした。


「えー話を進めるけど、氷室君は、もしも異世界に転生できるとしたら転生してみたいと思うかい?」

「あまりにも非現実的すぎて考えたことないですね。多少の興味はありますけれど」

「ほうほう、むろっち的には転生に興味はあると?」

「待て白澤、『むろっち』って誰だよ。まさかとは思うが……」

「ん?氷室君のことだよ?」


 さすがにフレンドリーすぎてびっくらぽんですよ!初対面なのにあだ名で呼び始めたぞこいつ!?


「はいはい!むろっちに質問があるんだけどいいかな?」

「いいですよ?」


 何でこっちもこっちで簡単に受け入れているんだよ!俺がおかしいのか?俺はいつから異世界に迷い込んだんだ?悩んでいる俺をよそに、白澤は話を続ける。


「休職する前のことについて、教えてほしいんだよね。むろっちが勤めていた会社について色々調べさせてもらったけど、相当ブラックでしょ?」

「そうですね、自分で言ってて悲しいですけど、はっきり言ってブラックです」

「会社、辞めようとか思わなかったの?」

「福利厚生だけはいいんですよ。ボーナスは悪くないですし、家賃光熱費すべて会社負担なんです。凄く魅力的じゃないですか。それに、石の上にも三年だよ?って上司からも言われてしまいまして。『とりあえず3年働いてみろ!今持っている不安もその時には消えるさ』って」


「うわー、出た石上三年理論。俺嫌いなんだよね~人員不足で悩んでいる会社が退職者を出さないための決まり文句だよ」

「え?そうなんですか?てっきり、自分の為に言ってくれているものとばかり思ってましたよ。ははは」

「ははは、じゃないよむろっち!このままじゃいいように会社の犬になるだけだよ!」

「それなら問題ありません。会社はもうすぐ辞める予定ですから」

「そうか、それがいい。氷室君は頑張った。少しくらい立ち止まったって誰も何も言わないさ」

「でもでもむろっち。休憩するのはいいけど、社会復帰の目途とか考えていたりするの?」

「社会復帰はしません。自分はもう生きることをやめようと思っているので」

「はぁ!?」



 今さらっととんでもないことを言い出したぞ。確かに、上からの報告にも精神的に不安定と聞いてはいたが、こうも堂々と宣言されてしまうと動揺してしまう。さっきまで、俯いたままこちらを見ようともしなかった氷室は、気が付けば、どこか満足そうに微笑んでいた。


「もういいかなって……これまで、十分生きてきました。それに、自分がこの世界にいてもいなくても、何も変わらないでしょうし、生きていく理由も、今の自分にはありませんから……」

「だっ、ダメだよ自殺なんて!考え直してむろっち!」

「うーん、そう言われましても、もう決めてしまったことですし」

「相談なら私がのるよ?大丈夫!まだ間に合うって。ね?だから、自殺だけは絶対ダメ!」

「白澤の言う通りだ。早まってはいけない。この世界が嫌になってしまったというのなら、転生という道だってある。今日はそのことを話しに来たんだ」

「でも、転生ってこの世界から別の世界に移動して、もう一度人生を歩むんですよね?」


 予想はしていたけど、何か嫌な予感がする。氷室の言いたいことが、その瞬間だけ分かるような気がして、暑くもないのに汗が滲み出る。


「生きる目標がないんです。たとえどの世界に行ったとしても、自分はもう立ち上がることは出来ないと思います。幸いにも、家族はいませんし、誰にも迷惑をかけることはありませんので……このままひっそり死なせてください」

「そっ、そんな……」


 白澤が小さく呟いた言葉が、静かな空間に響く。こんな時、俺は何と声をかければいい?取り返しがつかないほど心がすでに折れてしまっている。今の今まで生きてきたこと自体が奇跡のようだ。どうする?どんなに優しい言葉をかけたところで、気休めにもならないし、かえって逆効果だ……


 そう思った矢先、ふと俺の中で最悪な思考が頭を巡った。なんだか……考えるのも面倒になってきたな。説得しても無駄な人を、俺は何故一生懸命引き留めようとしているのだろう?一度引き留めはしたし、もう十分じゃないか?そうだ、俺にできることは、もう———


「ダメだよ!!」


 先程と打って変わって、白澤の大きな声が静かな空間にこだました。


「どんなに苦しくても、生きることを諦めちゃダメ!折角もらった命なんだよ!むろっちにしか歩めない人生なんだよ?」

「……」


 白澤は、いつも後先考えず行動してしまう癖がある。しかし、こういう話にも怯むことなく、真摯にぶち当たっていけるところは、正直すごいと思う。俺には到底できないことだ。


「私の言葉なんかじゃ何の説得力もないかもしれないけど、きっとむろっちがいなくなって悲しむ人がいると思う。むろっちには、先輩と違って友達が多いことも私は知っているんだから!」

「おい!聞き捨てならないな~俺にだって友人くらいいるぞ!氷室君に比べたらちょこっとだけ少ないかもだけど、比べる必要ないだろ!」

「こんな先輩でも、今日まで一生懸命生きているし、こんな先輩でもいなくなられると私が困ります!」

「そろそろ泣いてもいいかな?」

「今いいところなんだから先輩は静かにして!……ねぇ、むろっち!」

「なんですか?」

「私は、むろっちみたいに将来性のある人で、若くして心に傷を負ってしまった人を救いたいと思ってこの仕事を始めたの。ベスティアはきっと、むろっちを必要としてくれるよ!」

「ベスティア?何ですかそれは……」

「私たちが担当する異世界のことだよ。今のむろっちにぴったりの異世界だと思う……どうかな?私と一緒に見学だけでもしてみない?」

「……ありがとうございます白澤さん。あなたはとてもやさしい人ですね。四島さんも、あなたたちのような人ともっと早く出会いたかったです」

「っ!?じゃあ!」


「でも、そのお誘いはお断り致します」


「えっ……」

「自分は、そんな優しい言葉をかけてもらえるにふさわしい人間じゃありませんから。その優しさを、もっと別の人に分けてあげてください」

「なっ、なんでそうなるのよ!?」

「すみません。この後、久々に友人に誘われてまして、今日のところはお引き取りください。まだ、お話したいことがありましたら、遠慮なくご連絡ください。それでは……」

 

 あの後、俺と白澤は成す術なく氷室の家を出た。あれだけ熱弁したにも拘わらず、氷室の心が全く動いてくれなかったことに、白澤は相当落ち込んでしまっている様子だ。さっきから白澤には珍しく、ため息ばかりついている。


「どうしよう……あのままじゃ、むろっちが自殺しちゃう。かといって、自殺しないよう無理矢理拘束するなんてできないし。どうすればいいのよ……」

「今日は、大人しく帰るしかなさそうだな。本当かどうか分からないが、友人に誘われているって言っていたし、しばらく静観するしかない」

「でも、いつ死んじゃってもおかしくない状況なのよ?どうにかして止めないと!やっぱり力ずくで止めるしか」

「やめておけ。そんなことしても無意味だ」

「じゃあ!先輩はどうするの?あのままでいいの?」

「……なぁ?正直に話すけどさ、死にたいと強く願う人を救い出すことは難しい。ほぼ無理だと言ってもいい。説得して踏み留まってくれる人も偶にはいるが、そのままいなくなってしまう人が殆どだ」

「えっと、何が言いたいの?」

「つまり、俺たちには手に負えないということだ。上に報告して判断を仰ごう」

「嫌よ!」


 白澤が口を大にして反論する。


「そんなことをしたら、むろっちを見捨てて別の案件を手渡されるのが目に見えているわ!」

「会社のルール上そうなるだろうな。でも、俺はそれでいいと思っている」

「はあ!?」


「白澤があれだけ思い留まるよう感情に訴えかけても、彼は止まる気配すら無かったじゃないか。残念だが、これ以上俺たちエージェントがやってやれることは無い」

「納得いかないよ!私たちは本当にやれることをやったと言えるの?むろっちのことをもっと調べて、どうして転生を拒むのか、ちゃんと話し合うまでするべきだよ!」

「白澤」

「何よ!」

「疲れないか?」

「えっ……?」


「俺は無駄が嫌いだ。面倒事が嫌いだ。省けることは省きたい。今回の件、転生候補者は転生を拒んだんだ。拒まれた以上、俺たちがしてやれることはもうないだろ?自殺を止めることは……仕事の管轄外だ」


「ふざけないで!それでもエージェントなの?」

「エージェントだからこそ、言っているんだ。深追いはするなと」

「っ!?」


 白澤にネクタイをつかみ上げられ、体を強引に引っ張られる。抵抗する気はない。俺は、涙目の白澤を無気力に眺め、白澤が言葉を発するのを待つ。


「……なら、人としてどうなのよ!」

「ああ、俺は最低だと思うよ。だが、救いの手は差し伸べた。振り払ったのは彼だ」


「もっと説得するのよ!何度も何度も説得するの!むろっちが降参するまで話しに行けばいい!それくらい努力して初めてやり切ったと言えるのよ!ねぇ……お願い。先輩だって私の性格くらい知っているでしょ?誰かが目の前で死のうとしているのに、見て見ぬふりが出来ると思う?」


 できるわけがないか。こいつはそういう奴だ。いや、それが普通なのかもしれない。俺がおかしいだけだと思う。だが、俺は白澤の気持ちに応えてやれるほど人間出来ちゃいない。


「それだけやって、無理だったらどうする?お前がどんなに頑張ったところで、彼が止まらなかったら?耐えられるのか?感情なんてあやふやなものを相手にすることはやめておいた方がいい」

「でも!」


「今回の件だけじゃない。お前は色んなことに首を突っ込みすぎる。これは仕事なんだ。分かるだろ?仕事っていうのは、自分の思い通りにならないことだらけだ。それなのに、人としてとかいちいち真面目に捉えているといつか必ず折れる。深入りせずに、気楽に終わらせるのが正解だ」


「……先輩が何と言おうと、私は絶対諦めない!」

「白澤!」

「仕事だから何よ!私は自分のやりたいと思った事に真っ直ぐ生きる!」

「少しくらい俺の言うことを聞いたらどうだ!」

「せっ、先輩?」

「お前の為を思って言っているんだ!今回の件からは手を引け!いいな?」

「あっ、ちょっと待ってよ!」


 俺は、ネクタイを掴む白澤の手を引き剥がすと、白澤を残して足早にその場を去っていくのであった。




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