第2話 任務

「ちょっと! 冬也遅い!」

「もうちょっと待ってくれー」


 そう言いながら俺はあくびをする。

 ぼんやり見る窓の外では美しい桜の花が咲き誇っている。

 マンションの4階だからしっかりと見える。


「ほんとに急いでー!」


 今日は大事な用事があるのだ。

 俺を呼んだ目の前の少女、如月結衣は少し長めの茶色い髪を前髪から伸ばした三つ編みといっしょに高く結びながら俺を待っている。

 遅いとか言ってるくせに自分も終わってないじゃん。

 俺はあまりものを置いてない自分の部屋の棚を開ける。

 中には4つの剣。

 2本は西洋剣。もう2本は日本刀。

 互いに1本は白、もう1本は黒く刃が光っている。

 先に日本刀を右腰に白、左腰に黒い剣を装備。

 普通の日本刀より少し短いからすんなり装備できる。

 その後西洋剣を右肩に白、左肩に黒い剣を装備。

 剣先が光る。

 うん。調子は良さそうだ。

 あとは……。

 4本の剣に再度触れ、そこから魔力を流し込む。

 その魔力で魔術迷彩をかける。

 これで他人からは見えないはずだ。


「よし、準備オッケー」


 結衣は……。


「結衣ー。行くぞー」

「うん」


 結衣の左腰には1本の西洋剣。右腰には魔導書、グリモワールと呼ばれるものを付けている。

 どちらも魔術迷彩はかけてあるらしい。


「じゃあいくよ」


 結衣が魔法を発動。

 体が軽くなる。

 フィジカルエンチャントだ。


「それじゃあしゅっぱーつ」

「おー」


 玄関を開けてそのまま飛び降りる。

 そして電柱に着地。

 階段もあるけどこちらの方が早い。

 目的地に早めに着いておきたいからこちらを使う。

 今日は土曜日。周りには桜を見に来たのか少なくない人がいる。

 ここから電柱を飛び乗って行くのであまり人に見られたくない。


「結衣ー」

「はいはーい」


 俺の意図をくみ取ったのか結衣が認識阻害の魔法を発動。

 これで人々の視線はこっちに向かないだろう。

 魔術迷彩のほうが使う魔力が少ないのだが動かないものにしか使えない。

 俺たちは電柱を飛び乗って移動しているから使えるはずもない。

 10分間無言で飛び続ける。

 喋ることも特にないし、電柱は意外と細いから踏み外すと危険。集中した方がいいから無言でもいいのだ。

 どうせ同じ家に住んでいるんだから喋ろうと思えばいつでも喋れるし。


「よーし、着いたー」


 結衣がふぅ、と息を吐く。

 かれこれ20分くらい飛び跳ねていたから一息つきたくもなるだろう。


「来ましたね。2人とも」

「こんにちは。ゆめさん」

「こんにちは」


 俺たちが今いるのはとある人の家? 別荘? のような場所。その庭だ。意外とでかい。

 なぜこんな変な言い方をするかというと、ここがあの人の家? なのか別荘? なのか分からないからだ。

 ゆめさんなら多分知ってると思うけど。

 ゆめさんは今日俺たちを呼んだあの人、優子さんの傍付きである。

 付き合いも長いらしい。


「優子さんは?」

「中にいますよ。今日は2人にとって大事な日ですからね。優子さんも準備があるらしいです」

「了解です」


 なんの準備だろう?


「さあ、向かいますよ」


 あれ?


「準備があるんじゃないんですか?」

「あの人のコトだから多分もう終わってますよ」「それでいいのかよ…」

「ん? 何か言いました?」

「いえ…何も…」

「それじゃあ行きますよー」


 歩き出すゆめさんのあとをついて建物に入った。


 コンコン。


「優子さん?ゆめです。2人を連れてきましたよ」

「入っていいわよ」


 ゆめさんがドアを開けて中に入る。

 俺たちも続けて中に入った。


「冬也、結衣、久しぶり」

「お久しぶりです、優子さん」

「お久しぶりです」


 返事をする。


「元気だった?」

「はい。なんとか」

「そう。ならいいの」


 興味無さそうな態度。

 そう見えるだけなのを俺たちは知っている。


「それじゃ、本題に入りましょうか」


 思わず身構える。結衣も同じ反応。


「2人とも、鈴海学園って知ってるかしら?」

「はい。世界に6箇所しかない魔法学校の1つですよね?」


 結衣が言葉を返す。


「そうよ。その通り。そしてあなた達は鈴海学園に入学してもらうわ」

「……へ?」


 思わず声が漏れる。


「あの……どういうことですか?」

「そのままの意味よ。だからあなた達は鈴海学園に入学するの」

「いやいやちょっと待ってくださいよ。俺たちもう受験して行く高校決まってるんですけど」

「それなら大丈夫よ。話はつけてあるから」

「……」


 そういうことじゃないんだけどな……。


「あの……、鈴海学園って結構エリート校ですよね?魔法の」


 結衣が尋ねる。


「そうよ。でも別にあなた達なら大丈夫でしょ?」

「多分ですけど……」

「ということで入学は決定事項。これはあなた達が特務員になって初めての任務なの。分かった?」


 特務員。それは特別公務員の略称。魔法というものが実在する世の中で魔法による事件を解決するために作られた役職のことだ。

 特務員になれるのは高校生から。

 特務員になって初めての任務、と優子さんが言ったのは俺たちが中学生の頃から見習いとして活動してきたからだ。


「あ、そうそう。鈴海学園は鈴海島という島にあるから3日後には出発するわよ」

「……え?」


「「えぇーー!!」」


 俺たち、あんなに受験勉強頑張ったのに無駄だったのかな……。

 そんな俺たちと楽しそうに笑っている優子さんを交互に見たゆめさんはアハハと乾いた笑い声をを小さくあげるのだった。


「冬也。あなたにはもうひとつ任務が来てるわよ」

「……なんでしょうか」


 鈴海学園の件とは違う任務。

 それは俺の……いや、俺たちの中では衝撃的な任務だった。


「冬也……」


 結衣は心配そうに俺を見ていた。


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