第39話 どうやら彼女は生活と小遣いの為に俺を売るつもりらしい
学校に到着した。
それから早々に件の近藤君とやらを探す。
言っておくが早速キラの代理として断りを入れる為ではない。
まずは近藤君とやらがどんな人物なのかを見極める為である。
キラ曰く、近藤君――いや、近藤さんのメンタルは豆腐らしい。
なので断る時は慎重に言葉を選ぶ必要がある。
それ故にまずは近藤さんに話しかけてみて、性格をきちんと把握する。
全てはそこから始めざるを得ない。
そう思っての判断だ。
因みに、近藤さんについての個人情報というか画像は既に入手済みだ。
入手元は勿論キラなわけだが、果たして俺は無事近藤さんと接触する事が出来るのだろうか。
俺は別にあまり人見知りしないから大丈夫だが、相手が豆腐メンタルだからな。
もし話しかけた瞬間、心停止されたら――いや、それはないか。
けれどキラの兄である事がどう作用するか分からないのでファーストコンタクトは慎重に行った方が良いだろう。
こう言っては何だが、俺はキラ達の兄である事から色々な人に恨まれているからな。主に嫉妬ではあるけど。
それとだが、本日は往年通りならまだ夏休みの真っ只中である。
しかし今週に限ってだけ学校の事情により登校日となった。
にしても、件の近藤さんなのだが、画像を見る限りでは本当に男の子っぽい。
短めの黒髪に貧乳だから余計そう思ってしまう。
「確か同じクラスとか言っていたっけ?」
ぶつぶつと呟きながら校舎へと入ってゆく人々を屋上から双眼鏡で眺める。が、一向に近藤さんらしき人物は見付からない。
もしかしたら見落としていて、既に近藤さんは教室にいるのかも、と思いキラの教室へ視線を変える。するとキラの姿が目に映った。その正面にはまさかの近藤さんがいて、普通に談笑しているご様子。
「この俺が見落とした……だと?いや、俺が登校する前には既に彼女も登校していたという可能性もある。これは明らかに俺の落ち度だ。クソッ、やらかしたな」
当然キラと近藤さんの会話内容は聞き取れない。読唇術の心得も無いからな。けれど明らかにキラの表情が引き攣っている。非常に気まずそうだ。
一方、近藤さんはというと、とても和やかな笑みを浮かべている。キラと話せる幸福感がこちらまで伝わってきそうだ。
――これ、俺が邪魔しても良いのか?
彼女の幸せそうな笑みを見てそう思ってしまう。
だが可愛い妹の困った顔を見ていると、どうしても動かざるを得ない。
スマホで時間を確認すると、やがてHRのチャイムが鳴る時間だったので、舌打ちした後、渋々教室へと戻る事にした。
それから昼休みになるまでの休み時間全てを屋上での監視に費やし、俺はとある事に気付く。
――そう言えば、もしキラが近藤さんと付き合う事になったら、キラが俺を異性として見る事は無くなるんじゃないか?
そう、もしそうなったら俺はある意味自由を手にする事となる。それにキラと普通の家族として付き合って行けるようにもなるだろうし、これはこれで有りなのではないだろうか。
唯一つ問題なのは近藤さんが近藤君ではない事だけ。だが国によっては同性婚を認めている所だってあるわけで、もしそうなったら俺としては万々歳だ。もしかしたら皆が幸せになれるかもしれ――って、俺は何を考えているんだ。皆が幸せにって、そもそもキラが拒んでいるだろうが。
「却下!全面的に却下する!」
と、悶絶している俺を少し離れた後ろでジトーっと見つめていたパルパルさんは呆れた様子でこう仰る。
「ねえ、あなたってもしかしてシスコン?」
「違いますぅー!!ただ良き兄でいたいだけですぅー!!」
「ふーん……事情はあなたから聞いているから既に分かっているけど、それにしたってこれは行き過ぎだと思うのだけれど。それに何と言うか……傍から見ると丸っきりストーカーよ」
「うぐぅ……」
元ストーカー被害者からはっきりそう言われると心に来るものがある。
心臓、もしくは肝臓に重い一撃を食らった気分だ。
あまりの衝撃に足が震えて産まれたての小鹿のようになってしまうレベルである。
「お、お主、なかなかやりおるのう……小生、思わずお漏らしする所ですぞ……」
「はいはい、それより様子はどんな感じなの?」
そう聞かれ、再び双眼鏡を覗く。
「あー、まあ、我が妹と件の近藤さんが仲良さそうにお話ししてるだけだ。とはいえ、我が妹の顔は頻りに引き攣っているのだけれど」
「そっか、それよりうりゅ……」
謎の語尾を口にした後、朝倉は黙り込んだ。
それを怪訝に思い、振り返ると、彼女は赤面して両手の人差し指をくっ付けたり離したりしていた。
まるで何かを躊躇っているかのような、そんな行動に暫しの間注視していると、突然顔を上げて朝倉は言う。
「……す、昴君!」
「まさかの下の名呼び!?」
「な、何よ!悪い?悪いかしら!?」
照れ隠しだろうか?相変わらず赤面しながら怒声を上げる朝倉。
そんな彼女にどうしても萌えてしまう吾輩である。
「いいえ、別に……寧ろ御馳走様ですと言うか何と言うか……あざすっ!」
「ふ、ふんっ!なら良いのよ!」
「てかいきなりどうしたんだよ?何があっての心境変化?」
――あまりに急過ぎて何気に下心的なものを感じてしまうのだが。てかマジで何なん?もしかしてまさかの告白だったり?近藤さんに釣られて告白する勇気でも出てしまいましたか?近藤勇気なだけに?が、それはそれで再び御馳走様でございます!
「た、ただ呼んでみただけよ!どう?恋人になったみたいで嬉しいでしょ?有難く思いなさい!」
「ははぁっ!……って、本当にただ呼んでみただけなん?」
「はあ?他に何かあるとでも思ってんの?」
「いや、俺はてっきりこれから告白されるんじゃないかと思ったのだが……」
「んなっ!?」
直後、俺の後頭部に粘着性のある固形物が付着した、というか絡まった。
髪の毛が抜けないよう慎重に取ってみると、それは先程まで朝倉が口に咥えていたと思われる棒付きのキャンディーだった。
――こんなものを人の後頭部に投げ付けるとは……朝倉様はとんだ鬼畜様だな。場合によっては絡まりまくって取れなくなっていた所だぞ……にしても、これ、どうしよう?もしこのまま頬張れば念願の朝倉との間接ではあるがキスという事になるのだが……マジでどうしよう?
一度は俺の髪の毛に付着したもの。つまり雑菌が付きまくったそれを口に含むのは躊躇われるが、念願の行為が出来るとなればどうしても考えてしまう。
十秒程逡巡していると、朝倉様に奪い取られ、近くのごみ箱に捨てられてしまった。
「今、一瞬でも舐めようとしたでしょ?」
「ふっ、俺を甘く見てもらっては困るなあ。口に入れて思いっきり味わおうとしていたが、それが何か?」
「ヴェッ、それはさすがに引くわ……てか今思い出したんだけど、この件に私も関わって良いかしら?」
「いや、何かを思い出した事とこの件に関わる事はあまり繋がりがないように思われるのですが?」
「いいえ、それがあるのよ……」
そう言うと朝倉は大きな溜息を吐いてまたベンチに腰掛けた。
「と言うと?」
「いやね、叔母さんが昴君に面白い展開が発生した場合は積極的に関わるようにって言われているのよ」
――ちょっ!?姪っ子に何て頼み事をしているんだあの人は!?ネタか?そこまでネタに困っているのかあの人!?
「はっきり言うけれど、私もあまり他人の事情に首は突っ込みたくないのよ?でも生活と小遣いが掛かっているとなればどうしてもね……」
そしてもう一度大きく溜息を吐くパルパルさん。
「だからよろしくね、す・ば・る・君♪」
――全面的にお断りします!と、言っても関わるんだろうなぁ……てかあの人は本当にもう……仕事のパートナーだからあまりこういう事は言いたくないが、どうしようもないな。
「ダメ……かしら?」
「いや、うん。まあ……よろしく」
「やったぁー!ありがとう、昴君!」
両手を合わせ、それはもう満面の笑みを浮かべるパルパルさんであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます