第37話 こうして後味悪く本当の終わりを迎えるのであった
あのコミケの日から一週間程が経過した。
あれからおとちゃんとの連絡は一切行っていない――わけがない。
あれから何かと連絡が来るようになっていた。
酷い時は一日に百件以上のメッセージが送られてくる。
しかもその内容は俺をなじったり、けなしたりとS気たっぷりのもの。
そのメッセージを見る度に俺の精神力というかHP的な何かがガンガンすり減って行っているのは言うまでもない。
しかもその最後の一文は必ずとして【養わせてください♡】と来るのだから、それはもう困りものである。
察するに、どうやら俺は彼女に気に入られまくってしまったらしい。
完全にロックオン状態である。
「はぁぁ~、どうしたものか……」
朝食の途中、スマホでメッセージを確認した後、変な溜息を吐く。
そんな俺を心配げな眼差しで見つめる妹二人。
「お兄、どうしたの?最近変だよ?」
と、堪えかねたように訊ねるキラ。
「いや、気にする事はない。ただ、人生の不条理さに苛まれているだけだ。それと男女関係の難しさとかな……」
「男女関係……つまりあたしとお兄の関係!?」
うん、違うよ?それと俺とお前は男女関係と言うより兄妹関係だろ。男女関係だったら恋愛が絡むぞ。
「あー、ジ○リは偉大だなぁ……天空城に住んでみたいわぁ~。あとこの肉じゃが、ちょーうめぇ!いつもありがとな、カノン」
「う、うん……」
さり気なくカノンの料理を褒めると、当の本人は若干頬を赤らめて俯いた。
が、すぐに意を決したように顔を上げてこちらをジッと見つめる。
それに釣られてキラも同じ表情でこちらを見る。
さすが双子姉妹という所か、同じ顔が俺を心配げに見ている……何とも居たたまれない。
「あの、もし悩み事があるのなら何でも相談して欲しいかな……」
「あたしもそう思うー!」
二人してそう言ってきたので少し考える。
だが真相を口にすることは決して出来ないと悟り、口をつぐむ事にする。
俺が人気女性声優のヒモになりかけているだなんて決して言えない。
ましてや、女の気配を口にしようものなら姉妹の妹の方が黙っていないだろう。
何せ極度のブラコンなんだからな。何をするか分からん。
というわけでそそくさと食事を済ませ、俺は決心する。
今日こそはっきり断ろう!!それも面と向かって!!
その決心を形にするべく、おとちゃんにこうメッセージを送る事に。
【お疲れ様です。
今後の僕達の関係について話がしたいので今度お暇がある時にお会いできませんか?】
折り入ったメッセージ送信から数秒後、早速返信が来た。
それによると、どうやら今なら少しだけ時間があるようなので近くの喫茶店で会う事に。
「……ふぅー」
先に到着してしまったので、一先ずトイレの個室で色々と考えを整理する。
そして何から話すかが決まると、溜息を吐き、個室を出る。
それからトイレを出ると、既におとちゃんが到着していたので、その彼女の座る席の正面に腰掛ける。
すると即座に俺の隣に何者かが腰掛けた。
正面にはおとちゃんがいるから相手は彼女ではない。
では誰か?それは――
「アへ顔先生、この私を差し置いて他の女と相席するだなんて、どういう了見なのかしら?」
やはりと言うか、どこで話を聞きつけたか、正義先生だった。
彼女は何故かお怒りの様子で、こちらを恨めしそうに睨んでいる。
「せ、正義先生……何故ここに?」
「アへ顔先生のいる所にはいつだって私が居るのよ!」
「いや、それ何の理由にもなってないから」
そう俺が突っ込みを入れると、正義先生はこちらの耳元に口を寄せて言う。
「おとちゃんからの熱烈なアプローチに困っているのだろう?それを私が何とかしてやろうと言っているのだよ。察しなさいな」
あー、なるほど。そこら辺を察して駆け付けてくれたのか。それは有難い。しかし嫌な予感しかしないんだよなぁ……
「あー、こほん。おとちゃん、あなたには悪いのだけれど、アへ顔先生の事は諦めてもらうわよ」
「えっ、それってどういう……」
何かを確信したような表情で恐る恐ると言った感じに訊ねるおとちゃん。
「つ・ま・り……」
そこで正義先生が俺の首に両手を回し、こちらの頬にキスをする。
「……こういう事よ」
決まった。完全に勝負は決まった。
そう思った矢先に正義先生のスマホが着信を知らせる。
「チッ、誰よこんな面白いタイミングで……って、うげっ!?編集……」
察するに、どうやら相手は担当編集らしい。
しかもこれまた察するに、かなーりタイミングが悪いご様子。
「あの、出ないで良いんですか?」
「だ、大丈夫よ!全然大丈夫!ささ、早く話の続きをしましょう!」
とは言うがスマホの着信音はずっと鳴りっぱなし。
しかも正義先生の顔が真っ青且つ冷や汗ダラダラの状態になっている。
これは只ならぬご様子。
「そう言えば正義先生が新作を出したのって二か月ぐらい前でしたよね?第二巻ってもう仕上がっているんですか?」
「……お願い、何も聞かないで」
「いや、でもそろそろ新刊出さないとさすがにまずいでしょ。ファンの皆様がお待ちです……って、まさかここに来たのって新刊のネタの為とか言わないですよね?」
「……お願い、何も言わないで」
図星かよ!いや、まあ、正義先生が出した新作っていわば俺の人生そのものなんだから、俺に密着取材してネタを得ようと考えるのは分かるけど……
「お願いですから帰ってください」
「……ぐぬぬ」
「いや、ぐぬぬ、じゃなくて。てか電話ぐらい出たらどうですか?正義先生の信頼にも関わりますよ」
「……ぐにゅにゅ」
「あー、じゃあ分かりました。情報はちゃんと提供してあげるので電話に出てください。出ないともう正義先生と僕は他人ですからね」
「……はあ、分かったわよ!出れば良いんでしょ、出・れ・ば!!」
言うや、正義先生はやっと電話に出る。
直後、受話器越しにこちらまで怒声が聞こえてきた。
「いえ、ですから新刊はもうじき仕上がりますからあと少し……先っちょだけ先っちょだけ……えっ?今家の前にいる?そんな!?いや、ですけど……はい、わかりました……」
そしてこちらを振り返ると正義先生は一礼する。
「ご迷惑をおかけしました。私はこれから帰りますが何卒、後々の情報提供をお願い致します」
で、店を後にするのであった。
――あー、帰っちゃったか。ほんと、あの人何がしたかったんだろう……いや、ネタが欲しかったのは明白だけど。
溜息を吐く。と、おとちゃんと目があった。
「「…………」」
うっ、気まずい……それに何から話すべきか分からなくなってしまったじゃないか。正義先生め、かき回すだけかき回しておさらばしやがって……
「まあ、何だ。正義先生の言っていた事は冗談として、正直に話しますと俺はおとちゃん、あなたのヒモにはなれません。それと今日は正式にお断りを入れる為にお呼びさせていただきました。本当にすみません」
謝罪の言葉と同時に気持ちの分だけ頭を下げる。
そして恐る恐る顔を上げておとちゃんを見ると、何故か満面の笑みを浮かべていた。
「……あの、何故にそこで笑みを?」
「いいえ、ただ嬉しくなっちゃって……」
「というと?」
訳が分からず小首を傾げていると、おとちゃんは目に涙を浮かべながら答える。
「スーたん……いえ、アへ顔先生。私ね、このまま自然消滅しちゃうんじゃないかって心配だったんです」
「自然消滅?」
「ええ、だってそうでしょ?あれだけ熱烈にアプローチしているのに無視ばっかりされちゃうんだもん。そのうち自然消滅になるかもと思うのが普通ってものでしょ?」
確かにそうかもしれない。
あれだけ熱烈に、言い方を変えればうざったい程のアプローチを掛けられたら普通は無視したくなる。
何せ断っても諦めてくれないのだから、普通ならその方法を取ろうとするはずだ。
おとちゃんはそうなってしまう事を危惧していたのだろう。
だからこそ俺のこの対応が嬉しかった。
実際にお断りを入れるという誠意ある対応に感動したのだ。
「だから、その誠意に応えて諦める事にしますね」
「えっ!?おとちゃん、本当にそれで良いの?」
あまりのあっさりさに呆気に取られてしまう。
そんな俺におとちゃんはこう答えるのだった。
「構いません。それに新しいスーたん候補を見付けちゃったもの!」
そう言うと、おとちゃんは自ら手提げカバンを漁り、そこからスマホを取り出して待ち受け画面をこちらに見せた。
そこには何とおとちゃんと、愛斗さんがツーショットで写っていた。
「ちょっ!?まさか新しいスーたん候補って……」
「あっ、彼はスーたんじゃなかった!アーたんですね♪」
「うわぁ……」
愛斗さん、めっちゃデレデレしてるよ。
「今度こそ逃がさないんだから!アーたんには覚悟してもらわないとね☆」
というわけで今回の話はこれにて終了。
愛斗さんがヒモでクズな豚野郎にならない事を切に願う俺であった。
同時刻、昴の妹であるキラはスマホの画面に映し出された文章を見て溜息を一つ吐く。
その文章の内容はこうだ。
【瓜生キラ様
入学した頃からあなたの事が好きでした。
一目惚れです。
この気持ちはいけない事。
だから今まで我慢していましたがもう限界です。
僕と……僕と付き合ってください。
お返事待っています。
近藤勇気】
「これはお兄に相談するしかないかな……」
――次章へ続く――
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