第36話 ネタバレと――
翌日、コミケ最終日。
午前中の部にて、昨日の俺の武勇伝が映像で流された。
会場は正義先生のブース。
新作ゲームに関係する画像だという事でその映像が流されたわけだが、そのラストには【新感覚!どっきり系RPG発売開始!】という文字が大々的に表れた。
「なるほど、つまりはそのRPGのPRとして俺をどっきりに嵌めたと、そういう事ですか?」
俺の隣でマイクを右手に持ったままプロジェクターを眺める正義先生に訊ねる。すると彼女はしたり顔で左手の親指を突き立てた。
それを見て俺は盛大な溜息を吐く。
「ですが一体どこからが始まりなんですか?」
「最初からさ!君を雇う為に口説いた所から全ては始まっている!」
そう言って正義先生はふっふっふっ!、と不敵な笑みを浮かべる。
「うわぁー、つまり俺とおとちゃんの一見するといかがわしい写真を撮ったのもあんたの仕業で、脅迫状もあんたの仕業、そして察するにあの犯人を装っていた男はただのエキストラだと……色々と最低ですね。でも使用済みコ○ドームを投げつけるのはどうかと思うのですが?」
「ご名答……って、えっ?使用済みの……?私はそんな事してないし、指示もしていないのだが……?」
「えっ?じゃああれは誰の仕業なんですか?」
「さあ?私は知らないよ?」
と、ここで動画が終了したので正義先生はマイクで話し始める。
一連のどっきりが終止符を打ったという事で、乙女は一人で会場を適当に散策していた。
「いやぁー、それにしてもアへ顔先生も騙されやすいにも程がある……そこら辺はダメ男としての素質ばっちりなんだけど。そしてそこら辺が好みでもあるのよねー。あっ!これ、新刊出てたんだぁー!一冊ください!」
そう言って乙女は販売員に料金を払う。
そこへ突如、とある輩が乙女へ近付く。
その肥満体の存在感に気付いた乙女がそちらへ向くと、即座に輩は乙女の右腕を掴んだ。
そしてそのまま近くの男子トイレに入る。
輩は乙女と一緒に個室へ入るとニタァーといやらしい笑みを浮かべた。
その顔を見て乙女は右の口端を引きつらせる。
で、その男のかつてのあだ名を口にする。
「スー、たん……」
「でゅふっ!でゅふふっ!おおお、おとにゃん、あああ会いたかったぉ?」
そう、輩の正体は元祖スーたんである。
「ずずず、ずっとおとにゃんを見てたけど……あああ、あの男は一体誰だい?ううう、浮気はしてないよね?よね?」
「……あなたとはもう終わったはずよ」
「そそそ、そんなはずはないぉ?おとにゃんは今でも僕が好きなはずだぉ?」
「……迷惑よ。もう関わらないで」
乙女は個室から出るべく、その鍵を開けようとした。しかし元祖スーたんがその伸ばした右手を叩き落す。それどころか逆に逃げられないよう乙女を扉の反対側へと向かせた。
「いいい、意地悪するおとにゃんにはお仕置きがひひひ、必要だぉ?」
そう言って元祖スーたんは乙女のスカートをたくし上げる。
「こ、こんな所で何する気!?」
「そそそ、それは当然……種付けだぉ?」
いやらしい笑みを浮かべると元祖スーたんは自らのズボンのチャックを下ろし始める。
「でゅふっ、でゅふふふふふふっ!」
(嫌……誰か……助けて……)
「デュフフフフフフフフゥ~~~ッ!!」
そして元祖スーたんが自らのパンツもずり下ろそうとした次の瞬間――
コンコンッ!と個室の扉がノックされる。
「だだだ、誰だ?」
「あー、何だ?あんたら、こんな大衆が集っている会場のトイレで何やっとるんだゴルァ?」
「たたた、ただ一人でエロ動画見てるだけだぉ?ききき、気にすることは無いぉ?」
そう言って咄嗟に乙女の口を両手で塞ぐ元祖スーたん。
「ふーん、そりゃあ殊勝なこって。所でだがあんた、愛野乙女って知っとるかゴルァ?」
「あああ、あの声優のだぉ?」
「そうそう、声優のおとちゃんだ。今、オレぁそのおとちゃんを探しているのだが、どこにいるか知らんか?」
「さ、さあ?ぼぼぼ、僕は知らないぉ?」
「ふーん、だがなあ、GPSではあんたのいるその個室に居る事になっているのだが……これはどういう事だゴルァ?」
GPS、そしてこの特徴的な語尾で既にお気づきの方もいる事だろう。
このタイミング良く表れた男の正体はあの元借金取りで、現在は警備会社の社長をしている愛斗だ。
「ぶひっ!?」
乙女に手を噛まれて、元祖スーたんは反射的に悲鳴を上げ、手を離す。
と、そこへすかさず――
「ボディーガードさん!私です!助けてください!!」
「任せろやゴルァ!!」
華麗な身のこなしで壁を乗り越え、乙女達のいる個室に入る愛斗。
そしてすかさず鍵を開けて力の限り元祖スーたんを殴り飛ばす。
「ぶっひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
絶叫しながら扉を破って飛ばされる元祖スーたん。
それから進行方向にあった小便器に後頭部をぶつけて気絶した。
「一昨日来やがれってんだゴルァ!」
「おとちゃん!?」
と、そこへタイミング良く昴が現れ、現場の状況に唖然とする。
「な、な、な、何じゃこりゃー!?」
何せ見ず知らずの男が小便器に頭を突っ込んでぐったりしていて、個室の扉は壊れていて、その個室では愛斗と乙女が二人で入っているのだ。意味不明過ぎて普通はこうなる。
「と、とにかく……そうだ、警察!いや、ここは救急車か……?うむむぅ、しかし警察を呼んだとして、まさか愛斗さんが捕まるという事は――」
「んなわけねえだろゴルァ!てかオレはそこの豚野郎を連行するからお姫様の相手でもしてろやゴルァ!」
「は、はいぃ~!」
そそくさと豚野郎を連行する愛斗さんの背中に一礼した後、俺は個室の便座に座り、丸くなっているおとちゃんの右手を掴む。
「立てる?ここは目立つから取り敢えず移動しよっか」
おとちゃんは無言で小さく頷くと、立ち上がった。
それから俺は、おとちゃんの手を引いてトイレから暫く歩いた所に見付けたベンチに腰掛ける事にした。
「あー、その何と言うか……大丈夫?怪我とかしてない?」
「……はい、大丈夫です……」
「そっか、それは良かった」
それから気まずい空気が暫しの間続き、先に口を開いたのは俺。
とは言っても、あまりの気まずさに堪えかねて勝手に口が開いたと言った方が正しいのだけれど。
「念の為、愛斗さんに確認してもらって幸いでした。本当は俺が真っ先に助けに行ければ良かったんだけれど……」
苦笑しか浮かばない俺。
一方のおとちゃんは俯いたままで表情が窺えない。
もしかして未だ恐怖に怯えているのだろうか?
と、思っていると――
「因果応報というヤツでしょうか……」
「……は?」
「あの豚野郎が豚野郎になってしまったのはあくまで私のせい……そして報復を受けたのも私に責任がある……これは、そういう事なのでしょうね」
――いや、まあ、その通りだと正直思いはするが、でもそれはあの豚野郎?元祖スーたんって呼んだ方が良いのか?まあ、どちらにせよ、それはヤツの責任と甘えが悪いとも思う。しかしそれをどう伝えたものか……
自分の考えを如何に伝えたものかと考えていると、不意におとちゃんが俺の肩に凭れ掛かるように頭を置いた。
「本当に……怖かった……」
「おとちゃん……」
「私、あのまま滅茶苦茶にされるかと思ったから……だから本当にありがとう……」
「いや、まあ、どういたしましてです」
――まあ、実際に助けたのは愛斗さんなんだけど、でもそれは口にしないのが賢明だろう。
それから、少しの間涙すると、おとちゃんは普段の彼女に戻った。
まるで何事も無かったかのようにだ。
そしてコミケは終わるのだった。
が、話はまだ少しだけ続く。
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