第33話 脅迫状

 それから俺は身の危険を感じたので、近くのネカフェに泊まる事にした。そしてついでという事で、現在そこでおとちゃんの殺害予告について調べる事に。


「【愛野乙女 殺害予告】っと……あった!」


 検索ワードを打ち込んで検索タブをクリックしたらすぐに候補の一覧が画面に現れた。その数八万件。かなり話題になっている事が窺える。

 一番上のリンクをクリック。数秒でページが開かれたので、記事を読む。


「えーっと、第九十九回コミックマーケットで愛野乙女を殺すという予告がとある情報共有サイトに載せられた――」


 暫くサイト巡りをして、気付けば明け方になっていたので、俺はすぐに眠る事にした。







「ちょっとぉー!何で放置したんですかスーたん!?」

「スーたんは止めてください。いやマジで」


 会場へ行くと、既におとちゃんはブースにいた。彼女は俺に気付くやこちらへ駆け寄り、お怒りの様子で訊ねる。そんな彼女に俺は憮然とした態度で答える。するとおとちゃんは俺の両頬をつねって引っ張った。その手を内側から両手で払い退ける。今度は脛を蹴られそうになるが、後ろに飛んでそれをかわす。そして互いにファイティングポーズ。


「昨日の借り、きっちり返させてもらいますからね!」

「フッ、なら僕が勝ったら呼び方を前のものに戻してもらいますからね」

「臨むところよ」


 fight!!

 そしてゴングは鳴らされた、となりそうなところで俺は背後から何者かに軽い何かで頭頂部を叩かれる。


「誰だゴルァ!?って……うげっ」


 凄みながら振り返ると、そこには丸めた紙を右手に持った正義先生が立っていた。


「うげっ、とは何よ。てか君達は一体何をしているのかな?かな?」


 某ひぐらしさんのヒロインの如く疑心的な表情で訊ねる正義先生。ここで嘘を吐こうものならきっと彼女は「嘘だっ!!」と怒鳴り付けてくる。なのでここは正直に話したいところだが、如何せん、おとちゃんの秘密がバレるかもしれないのだ。嘘は吐かないとしても、はぐらかすぐらいはせざるを得ない。


「さぁーって、仕事仕事!おとちゃん!今日も頑張るよ?」

「お、おー!」


 おとちゃんも俺の考えを察したのか、そう返事すると、ブースへと戻っていった。俺もその後に続いて自分の管理すべきスペースへ。

 ここでおとちゃんのスマホが鳴る。短い音楽だったので、きっとメールかメッセージだろう。

 スマホを操作して内容を確認するおとちゃん。そしてすぐさま顔を青ざめて涙目になる。

 どうしたんだ?もしかして殺害予告関連か?いや、でもあの殺害予告はデマ情報なんじゃ……


 殺害予告はデマ情報。

 俺がそう思ったのには理由がある。その理由とは――


 昨夜、俺はおとちゃんの殺害予告について調べた。それによると、どうやらそれが行われたのは第九十九回目のコミケでの事らしい。でも今回のコミケは第百回目である。それにどれだけ調べても今回殺害予告がされたという情報は一切出て来なかった。という事はだ。おとちゃんの言っていた事はデマ情報――というか嘘である可能性が高い。とまあ、これが理由である。が、もしそうだったとしても、おとちゃんのこの怯えようは異常過ぎる。果たして真相は一体何なのだろうか?


「す、スーたん……これ……」


 スーたん言うな。

 心の中で突っ込みを入れながらおとちゃんがこちらに差し出したスマホを右手で受け取り、画面を見る。


「……っ!?」


 画面には、裸の俺と水着姿のおとちゃんがシャワールームで抱き合っている画像が映し出されていた。幸いと言って良いのかは分からないが、互いに上半身しか映っていない。けれどこれをネットにばら蒔かれたりでもしたら確実におとちゃんは業界から干されるだろう。それだけじゃない。俺も作家人生を脅かされる。


「……おとちゃん、この画像を送って来た相手は?」

「元カレです」


 つまり件の豚野郎というわけか……


「理由は?」


 その問いにおとちゃんは首を左右に振る。


「そっか」


 もう一度画像を見る。

 よくよく見ると、これは俺がおとちゃんに頭突きを食らわせる直前の瞬間だな。丁度、俺がおとちゃんの頭を両手で掴んで、おとちゃんが俺に抱き付いている瞬間だ。こんなベストショット、よく撮れたものだ。人によってはこれから一戦交えようとしているって勘違いするぞ。そして、もしこれが全世界にばら蒔かれたらと思うと……恐怖だな。

 不覚にも非難を浴びている自分が思い浮かび、身震いが起きる。

 これはどうにかしなければならないな……それに殺害予告の犯人はコイツである可能性もあるし……でもどうするか……警察に通報するのが手っ取り早いではあるが、その場合、逆上した豚野郎が逮捕される前にばら蒔き兼ねないからなぁ……となれば――


「――そうなる前に自分達で捕まえるしかない、か」


 俺はこれからとてつもない難儀をすると確信し、苦笑いを浮かべる。


「おとちゃん、画像の他に何かメッセージは送られてない?」

「ばら蒔かれたくなければ復縁しろ、というメッセージが送られてきていました」

「……ふむ」


 これは好機かもしれないな。


「おとちゃん、絶対に何とかしてみせるから全部僕に任せてくれないかな?」

「スーたん……」

「スーたん言うな。それよりお願いだから任せて」

「…………」


 そしておとちゃんは、少しの間考え込むように視線を斜め上に向けた後、こちらに視線を戻してコクリと頷くのであった。


「ありがとう。それじゃあ――」


 おとちゃんにスマホを返す。そして――


「これから俺の指示通りに返信して。内容は――」






 同人誌販売の途中から尿意を催していた俺は、在庫が切れるやトイレを訪れていた。だが一人でというわけではない。愛斗さんも一緒だ。

 愛斗さんはおとちゃんの警護をしないといけない。でもこれは警護に関係する事。だから仕方がない。


「それで、オレを呼び出した理由は何だ?」


 タイルの壁に背中を付け、腕を組んで訊ねる愛斗さん。


「実は殺害予告の犯人を捕まえる事が出来るかもしれないんです」

「何だと?」

「これは俺とおとちゃんしか知らない話なのですが、実は先程おとちゃんの元カレから脅迫メッセージが送られて来たんです。おとちゃんのスマホに」

「愛野乙女の……」


 呟きながら愛斗さんは顎に右手の指を付ける。そして「それで?」と言って話の続きを促す。


「これをばら蒔かれたくなければ復縁しろ。そんな内容の文章と世間に知られたらかなりマズい画像が送られてきました。それで一先ず『話がしたい』と返信しました。返事は『じゃあ今夜仕事が終わったら連絡しろ』との事でした。それから連絡はまだ取っていません」

「なるほど、それでオレは何をすれば良いんだゴルァ?」

「愛斗さんにはその時に元カレを捕まえて欲しいんです」

「ほう」


 顎に指を付けたままの状態で考え込むように俯く。そして愛斗さんは顔を上げてこう言うのであった。


「分かった……このオレに任せろ!」


 何とも頼もしい人だ……さすが俺の見込んだ男……惚れてまうやないかい!


「では、よろしくお願いします!」

「おうよ!じゃあこれから作戦会議だ!と、言いたいところだが、もしそうしてしまったら昴があの女にどやされそうだな……」


 あの女というのが正義先生の事だとすぐに俺は理解した。


「ならブースに戻って小声で……いや、きっとそんな時間は無いだろう。販売が忙しそうだからな。じゃあ……仕事終わりにするしかなさそうだな」

「心許ないですがそうなりますね」

「まあ、こればかりは仕方ないというものだろう。だから取り敢えず君は仕事をしたまえよ」


 そう言って壁から離れ、俺の右肩にポンと左手を置く愛斗さん。


「ですね、そうさせてもらいます」


 そして俺達はブースへ戻るのであった。

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