第31話 ドッキドキのシャワールーム

 それから愛斗さんによるおとちゃんの警護が本格的に始まった。とは言っても、この警護任務は愛斗さんが個人的に受けたもの。なので会社は一切関係無いとの事。しかも気前の良い事に『料金は先程の同人誌の未払い分で都合を付けよう』との事なのでほぼ無料で依頼を引き受けてもらえた。

 さすが愛斗さん。相変わらず男前だ。惚れざるを得ない。掘られざるを得ない。もし彼が『やらないか』と言って来たら俺はきっと……って、何言わせるつもりだゴルァ!!

 とまあ、そんな俺の感情はどうでも良いとして、夏コミの初日が終了した。しかしそれはただ深夜の0時になり、日付けが変わっただけの話で、イベント自体は三日間ぶっ続けだからちゃんとした休みはまだ取れない。

 一応、人の数は昼間と比べればそれなりには減った。けれどこれはビッグイベントなんだ。会場がごった返しているのは言うまでもない。それについ今しがた大量の在庫が届いた。というわけで――


「新刊とコラボ誌1ペア!それとアへ顔先生のアへ顔ダブルピース一つください!」

「はーい、新刊&コラボ誌アーンド……って、しませんから!アへ顔は絶対にしませんから!」


 突っ込みを入れつつ、代わりとしてダブルピースだけお客さんへ。


「じゃあアへ顔は私がやりますね!アへアへアへ!!」


 意味不明な単語を連呼し、アへ顔になりながら女性客は去っていった


「シコシコお願いします!」

「はーい、シコシコ……へ?」


 黒タイツ男性の異常なほど隆起した股間に目がゆく。

 シコシコ……シコシコってあれか?まさか俺にそのもっこりしたナニを上下に振ってくれって事か?いや、でも、そんな、まさか……

 俺が困惑していると、黒タイツ男性は怪訝の表情を浮かべてこう言う。


「シ!ん刊と、コ!ラボ誌と、シ!ん刊と、コ!ラボ誌……お願いします!」

「…………っ!」


 新刊とコラボ誌の頭文字を取ったのか!紛らわしいな!!


「はーい、シコシコですねー」

「あざすっ!!」


 黒タイツ男性は何故か満足げな表情で去っていった。


「お次のお客様どう……んっ?」


 ふと、右隣で正義先生の新刊を売っているおとちゃんの事が気になったので、その方へ視線を向ける。するとそこにはやや疲れた表情のおとちゃんがいた。彼女は去っていくお客さんに右手を振って営業スマイルを浮かべている。


「おとちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です!恋人もいませんし、まだ独身です!」


 あっ、これ大丈夫じゃない。限界来てるわ。

 夏コミが始まって既に半日以上が経っている。ちょくちょく在庫が切れてくれているおかげで休憩はありはするが、この雑多な状況が長時間続いているんだ。そりゃあ精神的にも肉体的にも限界が来るというものだろう。それにおとちゃんは人気声優だから毎日が忙しいだろうし、休みもなさそうだから日頃の疲れもあるはずだ。だからそろそろ休憩させた方が良い。


「おとちゃん、イベント中のシフトを聞いても良い?」

「それは秘密です!と、言いたいところですが、私は今日はもう終了です。だから心配はいりませんよ」

「そっか」


 疲れた様子ではあるが、やりきった感と安堵の入り交じった笑みを浮かべるおとちゃんを見て『それなら大丈夫かな』と判断。すると正義先生がこちらへ歩いて来て、おとちゃんに「おとちゃん、もう眠ってきなさい」と言った。


「はい、そうします」


 そう答えて席を立つおとちゃん。


「アへ顔先生、あなたもおとちゃんと一緒に眠って来なさい」

「はい……って、えっ!?」


 俺も席を立つ。だがそれはおとちゃんの静かにというものとは違い、勢い良くというものだ。


「一緒にってどういう事ですか!?」


 それってもしかしてどこかのホテルへ行っておとちゃんとよろしくして来いって事なんじゃ!?


「駐車場にキャンピングカーが停められているから、そこでおとちゃんと仮眠して来なさいって事よ」

「……は?キャンピングカー?」


 わけが分からず首を傾げる俺。そんな俺の右手首をおとちゃんが左手で掴んだ。そして彼女は、こちらが期待に胸を膨らませてしまう程の妖艶な笑みを浮かべる。


「じゃ、行きましょう、アへ顔先生!」

「ひ、ひゃい!」


 俺はおとちゃんに引かれるままキャンピングカーへと向かうのであった。







 キャンピングカーに到着し、早速備え付けのシャワーを浴びる。もちろん、おとちゃんと一緒に――というわけではない。一人でだ。

 にしても、犯人はどうしておとちゃんを狙っているんだろう……怨恨……?もしかして元カレとかか?もしそうならきっと犯人はおとちゃんへの恨みを強くしているだろうなぁ……それに、もしかしたら俺まで殺されかねない……それは嫌だな……でも引き受けたからにはおとちゃんを守らないといけないわけで、だからと言って妹達を残して死ぬわけにもいかないわけで……うーん、複雑だ……

 そんな思考を巡らせていると、不意にドア越しにおとちゃんから声を掛けられる。


「あの、アへ顔先生……」

「はーい?どうしましたか、おとちゃん?」

「い、一緒に入っても良いですか……?」

「…………はい!?」


 待て、今おとちゃんは何て言った?俺の聞き違いじゃなければ『一緒に入っても良いですか?』って言ったよな?でも何で一緒に?もしかして俺と、その……そういう事をしたいのか?いや、でもただ単に早く汗を流したいからという可能性もある。というかその可能性の方が高い。寧ろそうじゃなくてはならない。でないと色々とおかし過ぎる。俺に惚れる要素とか一切無かったしな!て事は……一緒に入る他ない!!

 何故かそんな結論に達したところで――


「というか一緒に入らせてもらいます!!」

「えっ!?」


 そして浴室のカーテンがゆっくりと動き、人一人通れるぐらいまで開かれると、そこからおとちゃんが入ってくる。


「失礼します!!」

「うぇっ!?」

「ちょっと狭いですね……」


 この浴室は一メートル四方のスペースをカーテンで仕切っているだけの造りとなっている。なので二人も入れるわけがない。そこに無理矢理入って来たのだから、それはもう狭いのなんの。しかもおとちゃんはビキニ姿のようで、俺の肌と彼女の肌が触れ合っている感触が容易に分かる。そんな状態に突如追い込まれた俺が現在、どんな状態か?それは言わずとも分かるだろう。そう、童貞なら誰しもが――


「沈静化しろ……朕のチンよ、鎮静化しろ……」


 と、合掌しつつ目を瞑りながら唱え、賢者状態に入ろうとするはずだ。


「な、何か恥ずかしいですね……いくらビキニだからとは言え……それに……」

「ひぎぃ!?」


 背中に掌を当てられたこそばゆさに堪えきれず、思わず小さな悲鳴を上げる。


「大きくてゴツゴツしてます……アへ顔先生も男の子なんですね……」

「そ、そりゃあそうですよ!」


 てかいい加減肌に触れないで欲しいのですが!?


「じゃあこれから飛びっきりサービスさせて頂きますね!」

「ささ、サービス!?」


 それってもしやエッチなサービスなのでは!?


「どんなサービスか……気になります?」


 デスメタルっぽく激しくヘドバンして返答する俺。するとおとちゃんはこちらの右の耳元へ口を近付けて言う。それはもう艶っぽい声で――


「とっても気持ち良い事ですよ!」


 そしてドSさながらにクスリと笑うのであった。

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