第30話 デモンストレーション?
「これから紹介するゲームはわたしが初めて執筆した作品の~~」
これから販売されるゲームの紹介を淡々と話し始める正義先生。俺はステージの隅でその話を聞き続ける。
「約三年前に出されたこの【嘘恋】なのですが、実のところ~~」
嘘恋、確かこの作品は嘘がばかりなんだけど、どれも優しい嘘なんだっけ。でもたまに質の悪い嘘とかもあってハラハラドキドキするとかなんとか……って、俺はなんの解説をしているんだ。
「それで販売イベントとしてとある人にとある嘘を吐きました!内容を知りたくば最終日!またここで~~」
そう言えば……
ここで俺はお兄さんに渡された名刺の存在を思い出し、お尻のポケットから財布、その中から件の名刺を取り出す。
【小林警備会社
代表取締役社長
TeLXXXXXXXX MailXXXXXXXX】
表にはそんな事が書かれていて、裏には会社概要が書かれていた。
あの人、小林愛斗って言うんだ……何か意外だ。てかまさか会社を立ち上げるとはなぁ……ほんと、人生って分からないものだよな。
名刺をまじまじと見ながらそんな事を考える。
と、ここで俺はとある事を思い付いた。それは――
そうだ!愛斗さんにおとちゃんの警護をさせるというのはどうだろうか?
というものである。
そうだよ、愛斗さんならきっと引き受けてくれる!それにあの人ならちゃんとおとちゃんを守ってくれるはずだ!そうと決まれば……
俺は早々に愛斗さんへメールを送る事にした。その内容はもちろん、おとちゃんが何者かに命を狙われているから警護をしてくれませんか?というものだ。
「というわけで、また明日お会いしましょー!!」
正義先生の締めの言葉で会場は大きな拍手に包まれるのであった。
俺はメールで愛斗さんにおとちゃんの警護を任せる事にした。その返信を待ちつつ急いでブースへ戻ると、人だかりが出来ていた。怪訝に思い、その中心へ行くと、右の足首を右手で押さえて踞るおとちゃんの姿があった。
「おとちゃん!?」
慌てておとちゃんへ駆け寄り、正面でしゃがみ込む。
「もしかして何者かの襲撃ですか!?」
「あっ、いえ、ただ足をぐねってしまっただけです……」
「ぐねって……」
おとちゃんの踵へ目を向けると、靴のヒールの部分が根本から折れていた。
なるほど、原因はこれか。
察するに、ヒールが折れた事が原因で転けたのだろう。そしてその拍子に右の足首を捻ったのだと思われる。
誰かに襲われたのかと焦ったが、どうやらそうじゃなかったようだな。良かった……いや、怪我をしたのだから良くはないか。それより早く救急車を呼ばないとか?でも転けただけで救急車を呼ぶのも如何なものだろうか……うーん……
困り、後頭部に右手を回して髪を掻き毟ろうとしたところで、背後から左肩に手が置かれた。
何事かと振り返ると――
「よう、あんちゃん。お困りのようだな」
そこには愛斗さんがいた。
「ちょっと触るぞ?」
おとちゃんへ歩み寄ると、愛斗さんはおとちゃんの右足首を掴んだ。
「軽く力を入れる。痛いか?」
「少しだけ……」
「そうか。骨は折れていなさそうだが……歩けるか?」
「問題はありません」
そう答えておとちゃんは、立ち上がり、ニコッと笑みを浮かべる。
「そうか、それは良かった。で、少年……いや、アへ顔至高伝説先生と言った方が正しいか?」
「すみません、昴と呼んでもらえると嬉しいです」
こちらを見て意地の悪い笑みを浮かべる愛斗さんに懇願するかの如く表情で答える。
他人にペンネームで呼ばれるのは一向に構わないが、知人――それどころか恩人にその名で呼ばれるのは羞恥でしかない。だからそうお願いしたわけだが、愛斗さんはそれを知ってて敢えてこう呼ぶ。
「よし、それじゃあアッへー先生!」
「昴ですっ!!」
間、髪入れず突っ込ませてもらった。それを無視して愛斗さんは俺の右手を掴み、そのまま人気の無いところまで引っ張ると本題に入る。
「それで、警護をして欲しいというのはどういう事だ?」
って、急に本題かよ……でもこの際だ。
「実は――」
俺は愛斗さんに話した。おとちゃんが殺害予告をされている事。そのおとちゃんを俺が守る事にした事。今が声優として大事な時期だから警察に相談する事はできないという事諸々をだ。その話をただ聞いていた愛斗さんは説明が終わると、俺の右肩に左手を置いて言う。
「そか、なら任せろやゴルァ!」
なんともあっさりしたお兄さんである。
「ほんじゃ、早速警護に入りたいところだが、その前に……」
そこまで言っておとちゃんの方へと歩き出す愛斗さん。その後ろを付いて行く。
「おおお、おとちゃん!ファンです!握手してください!」
愛斗さんは顔を真っ赤にして震える右手をおとちゃんに差し出し、頭を下げた。
まるで告白の返事を待っているかのようなその素振りに、何故かこちらまで緊張を覚える。
そしてそれにおとちゃんは――
「あ、ありがとうございます……」
右の口端を引き吊らせながら握手を返す。
「け、結婚するしかない……」
お兄さんの口からそんな言葉が発せられたが、俺は気のせいだと思う事にした。
「そう言えば、何がどうなって足首を捻る形になったんですか?」
「何がどうなって……うーん……それなのですが……」
そう言っておとちゃんは天井に目を向ける。それに釣られるように俺達もそこへ視線をやる。
まさか照明が落ちてきたとかか?
そう思ったが、それらしき痕跡は見当たらない。
ではなかったか……ならいったい……
「実はいきなり上から変な物が落ちて来まして……」
「「変な物?」」
「はい……何と言いますか……その……」
ここで俺達はおとちゃんに視線を戻す。するとおとちゃんは既に視線をこちらに向けていた。その表情はとても赤く、まるで羞恥に悶えているかのようで、何かエロい。だがここで欲情すると話が進まないので、両手に拳を作ってグッと堪えて我慢する。
「……し、処理済みのここ、コン○ームが……私の頭に落ちて来まして……」
「「……はあ!?」」
処理済みのって……つまり縛られたヤツって事だよな?しかもアレが詰まっている……そんな物が上から落ちてくるだって?そんな事普通、あり得るわけが無い。どう考えても誰かの嫌がらせだ。そしてそんな事をする奴と言えば……
「……そうか、つまり予告犯がデモンストレーションとして仕掛けて来たというわけだな」
「あぁ、そうに違いなさそうだな」
俺の考えに同意するように愛斗さんは俺の言葉に続いた。
「となれば愛斗さん、やはりおとちゃんの身をあなたに任せても良いでしょうか?」
「任せろ、兄弟よ!」
「ちゃんと守ってくださいよ?」
「おう!約束だ!」
俺と愛斗さんは腕を組み交わし、ついでに約束も組み交わすのであった。
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