第29話 俺、社畜から家畜へと格下げする

「気持ち良い……事?」

「はい、とっても気持ち良い事です!す、少し恥ずかしいですけどね!」


 両手の指を絡め、上目遣いでこちらを見るおとちゃん。頬も若干赤い。


「恥ずかしい……」


 それってやっぱりアレか!?男と女がやる激しいスポーツか!?そうなのか!?


「カメラにも撮られます!」


 は、ハメ撮りですか!?


「私は際どい衣装を着るつもりです!」


 それってまさか露出が凄まじいエロいヤツだったりして……それなら最高だ!!


「あっ、正義先生もどうですか?」


 おとちゃんはすぐ背後を通過しようとした正義先生も巻き込んだ。

 せ、正義先生も……さささ、3Pですか!?


「何が?」

「コスプレです!一緒にしませんか?」


 って、コスプレかい!!確かにやる側は気持ち良いだろうし、恥ずかしいし、カメラにも撮られるし、人によっては際どい衣装を着たりするけど……コスプレかい!!

 肩を落とし、心底残念に思う。けれどすぐに立ち直る。その理由は、おとちゃんのコスプレ姿を見れると思ったからだ。

 おとちゃんははっきり言って可愛い。金髪ロングのストレートヘアで、体型もスラッとしていて、身長もそれなりにあって、何より胸がデカい。顔も可愛い系に整っているからきっとどんなヒロインもこなせるだろう。イケメンに変身する事も可能なはずだ。そんなおとちゃんのコスプレ姿が見れると思ったら、どうしてもテンションが上がる。


「おー、それは魅力的だなぁ。でもわたしは遠慮させてもらう。だからコスプレは君達だけでやりなさい。許可するわ」

「「ありがとうございます!!」」


 二人して正義先生に頭を下げる。


「いえいえー」


 正義先生は気の抜けた覇気の無い声でそう返した。


「よーし!じゃあ早速お着替えじゃーい!!」

「おーぅ!!」


 おとちゃんの掛け声に俺はテンションMAXで応えるのであった。これから悲惨な目に遭うとも知らずに――






 最初はかなり期待していた。あぁ、期待していたさ。でもまさか着替えてみたらこんな格好になってしまうとは思ってもみなかったし、ここまでテンションががた落ちになるとも思ってもみなかった。えっ?どんな格好かって?それはだね、皆さん――


「おとちゃんさんや、どうして僕が【家畜ライダー馬】の格好をしないといけないのでしょうか……?」


 そう、現在放送されている特撮ヒーローの格好だった。

 家畜ライダー馬は、馬のマスクを被り、悪役である美人調教師と戦うヒーローだ。出演者はこの二人だけで、ショッ○ーらしき雑魚キャラは居ない。そして衝撃的な事に、今は美人調教師と禁断の恋愛をしている。そんなとんでも特撮ヒーローの主人公の格好を俺はしている。はっきり言って屈辱だ。今すぐコスプレをやめるかこの場から消え去りたい。でも一度やると決めたからにはそう易々とやめるわけにはいけないわけで――


「はぁー……」


 ため息しか出てこない。

 と、ここで――


「お待たせしましたぁー!」

「ん、おぉっ!」


 振り返り、更衣室を見ると、そこには件の美人調教師の格好をしたおとちゃんの姿があった。しかも衣装がかなり際どい。何と赤いビキニアーマーだ。肩には黒いプラスチックのパット、膝までの長さがあるハイヒール、そして網タイツ――なんともまあエロい格好だ。童貞の俺には刺激が強すぎる。こんな姿で密着されようものなら問答無用で下半身が反応するだろう。


「アへ顔せーんせっ!これどうですかぁー?」


 そう言って俺の右腕に抱き付くおとちゃん。

 ヤバイ!良い匂いがする!このままでは息子が……ヒーローではなく、ただの種馬になってしまう……って!

 咄嗟に後ろに飛んで、おとちゃんから離れる。


「か、可愛いです!だからお願いですからくっ付かないでください!」

「えー、どうしてですかぁー?」


 前屈みになり、こちらの顔をジーッと覗き見るおとちゃん。自然と胸元が寄せられ、ついつい視線がそちらを向いてしまう。


「あー、もしかして……勃起、しちゃいます?」

「ちょっ!?人気声優さんがそんな事を言っちゃダメじゃないですか!?」

「じゃあオッキ?」

「……まあ、それで良いでしょう」


 何が『それで良い』だよバカ野郎!人によってはすぐに感付くだろうが!!


「では……コホン」


 握った右手を口に当てて咳払いをした後、おとちゃんは眼前まで顔を寄せて言う。


「オッキ……しちゃいますか?」


 ドクン!!

 痛みを覚える程鼓動が跳ね上がる。


「ししし、しません!みみ、魅力的ですけどしませんから!!」

「そりゃ残念!」


 全く残念じゃない様子でそう言うと、おとちゃんはブースの方へと歩き出す。


「ほら!行きましょう、馬先生!」

「僕のペンネームはアへ顔至高伝説ですよ!」

「お馬さん!はいどうどーう!」


 そして俺は早足で歩き、おとちゃんの隣に並ぶと、彼女の歩幅に合わせて歩くのであった。







 そんな俺達から少し離れた場所にある大きな植木鉢の陰。そこにとある男の姿があった。

 男はしゃがんだ状態でカメラを構え、おとちゃんを連写する。


「おとちゃんおとちゃんおとちゃんおとちゃん……」


 そんな事を呟きながら……








 午後の部が始まった。


「新刊三つと握手ください!」

「はーい!新刊三つと握手ですねー!毎度ありがとうございますぅー!」


 女性のお客さんと握手する。彼女は両手で俺の右手を掴み、大きく上下に振ると、鼻息荒く去って行った。


「新刊一つ!それとアへ顔でダブルピースをください!」

「はい、新刊一つ!後者は恥ずかしいので遠慮させていただきまーす!」


 女性客はチェー……と唇を尖らせながら去って行った。


「ししし、新刊三つとぬぬぬ、主のア○ル処女を一つ!」

「はい、新刊三つに……へ?」

「ぬかこぽ!デュフフフフフ!」

「ちょっ!待っ!?ヒィィィィィ!!」

「というのは冗談でござる。デュフフ!」


 男性客は物騒な事を言った後、気味悪く笑いながら近付くと、そう言いながら新刊を受け取って、去って行った。俺が心底安堵したのは言うまでもない。

 と、ここで――


「あんちゃん、新刊を一つくれ……って、お前、あの時のあんちゃんじゃないかゴルァ」


 ん?ゴルァ?それにこの声は……


「……あっ」


 怪訝に思いつつ顔を上げると、そこには和樹の件でお世話になったお兄さんがいた。


「よっ!久しぶりだな、少年!元気してたか?」

「はい!最近、色々と忙しいですが一応元気です!お兄さんはどうですか?」

「会社を立ち上げたからオレも最近は仕事が忙しい」

「えっ、会社!?て事は社長になったって事ですか!?」

「おうよ!しかも警備会社だ!政治家のSPもした事があるぞ!」

「おぉっ!それは凄いですね!」


 俺がそう言うと、お兄さんはニカッと笑って「だろう?」と言った。

 借金取りをしていた人がまさかここまで出世するとは……世の中分からないな。

 そう思っていると、お兄さんが右手に持っている財布から名刺を取り出した。そしてその名刺をこちらに差し出したので、それを両手で受け取る。


「てなわけだ。まあ、もし必要になればいつでも連絡しな!」


 新刊を受け取ると、お兄さんは後ろ手を振りながら去って行った。天然なのか確信犯なのか、お金は払わずに――


「代金……まあ、良いか。あの人には借りがあるしな」


 それから夕方になったところで在庫は売り切れた。それと合図にするかのように正義先生は言う。


「アへ顔先生!これからゲームのイベントに出演するわよ!準備しなさい!」

「はい!」


 俺が返事をすると正義先生は早歩きでイベントがあるであろう方向へ歩き出す。

 俺は右に立つおとちゃんの耳元に口を近付ける。


「おとちゃん、これから席を外すけど大丈夫?」

「はい、なるべく誰かと居るようにするので心配しないでください。でも……」


 そこまで言って俯くおとちゃん。


「でも……?」


 俺が訊ねると、おとちゃんは三秒後に少しだけ顔を上げて上目遣いになった。そして言う。


「寂しいので早く帰って来てくださいね?」


 その台詞と仕草に俺がときめいたのは言うまでもない。

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