第24話 それぞれの意見と、俺の子宮が疼く話

「なぁーっはっはっはっ!あれは本当に傑作だったな!まさか自分が刺されたと勘違いするなんて!プギャー!クスクス!!」


 病院で和樹の治療が終わるのを待っている最中、お兄さんはそんな話をしながら腹を抱えて爆笑する。俺はそんな彼と一緒に笑いたい気分になっているが、不謹慎になりそうなので両手で自らの口を塞いでひたすら我慢。


「てか見たかあの死にそうな顔!迫真の演技だったな!いや、本人はこれから死ぬと思っていたのか……ププッ、クククッ!」

「ブハッ!プギャー!ハッハッハッ!!」


 不覚にもあの表情が思い浮かび、両手の隙間から息が漏れてしまった。それを皮切りに俺も爆笑を開始する。

 そんな俺達の頭をひっ叩く朝倉。


「あなた達、不謹慎よ」


 それとジト目を向けるキラ&カノン。


「お兄、ここは病院だよ」

「昴さん、病院で死ぬとか言っちゃダメですよ」

「待て、俺はそんな単語一言も発していないぞ!」


 当然の如く突っ込みを入れさせてもらいました。


「何でオレまで叩かれないといけないんだ……ゴルァ」


 お兄さんは不服そうな顔で唇を尖らせながらブツブツと小言を言った後、一際小さな声で凄む。とは言っても軽く朝倉を睨むだけで、それに気付いた朝倉に睨み返されるとお兄さんは慌てて目を逸らした。

 もしかしてお兄さんは本当は小心者なのか?もしそうなら親近感を覚えるな。

 お兄さんに憐れみの目を向けながらそんな事を考える。


「それよりお兄ちゃん、和樹君はやっぱり警察に捕まっちゃうの……?」

「もしそうならカー君が可哀想……」


 心配そうに訊ねるカノンと、和樹が逮捕される瞬間を想像したのかしょんぼりと肩を落とすキラ。

 二人共、本当に和樹が好きなんだな……まあ、俺もだけど。

 それが恋愛感情から来るものでは無いのは言うまでもないわけだが、それでも俺は――いや、俺達は和樹の事が好きだ。愛してると言っても過言ではない。でもここで気休めを言って後で最悪な結果になるよりはマシだと判断し、俺は現状を話すことにした。


「和樹は被害者だが悪い事は悪い事。いくら仕方がなかったからとはいえ、無罪とはいかないかもしれない」

「そんな……」


 悲しそうに目に涙を溜めて絶望的な声でそう言うキラ。


「それはあんまりだよ……」


 カノンも同じく。

 俺は右手を前に突き出し、二人が本格的に涙を流す前に話を続ける。


「が、それは俺個人の意見で、ここからは警察の意見だ。曰く――」


 救急車が駆け付け、救急隊員が和樹の傷の応急処置をしている間にパトカーが到着した。俺はお兄さんとその場で軽い事情聴取を受けた。内容は詐欺や盗難の件でここに来たら和樹の母親が倒れていたというものだ。で、粗方の事情を話した後、警察に『これから和樹はどうなるのか?』と聞いた。すると警察はこう答えた。


「――これから彼は病院で治療を受けた後、すぐに事情聴取を受ける事になる。場合によっては少年院送りになるかもしれないが事情が事情だ。保護観察処分か無罪になる可能性も十分にあり得る……との事だ」


 こういう事件に数多く関わっている警察――ある意味では専門家の言う事だ。その話を聞いて俺が大きな希望を持ったのは言うまでもない。それは妹二人も同様らしく、彼女達の表情がとても明るいものへと変化した。


「そっか……そうなんだ……」

「本当に良かった……」


 そして互いを見て嬉々と安堵混じり笑みを浮かべるキラとカノン。


「あぁ、だから安心しろ。でも問題は……」


 そこまで言って俺はお兄さんを見る。すると他の三人娘もお兄さんを見た。


「あんたは和樹をどうするつもりなんだ?」


 お兄さんはこの場の誰よりも和樹とその母親に煩わされてきた。だから彼には和樹を責める権利がある。訴える事も可能だろう。

 もしお兄さんが和樹を訴えたら和樹は一体どうなる事か。それを考えると、どうしてもお兄さんの意見が気になってしまう。事と次第によってはお兄さんの敵に回る事も十分にあり得るのでそれは尚の事だ。それ故にお兄さんに訊ねたわけだが、果たして彼は何と答えるのだろうか?


「オレは……いや、オレ達は借金を返してもらえるのならそれで良い。だからあの餓鬼はお前らで好きにすれば良いさ。それに――」


 俺の右肩に左手を置くお兄さん。そして――


「良い友人を敵に回すのはオレの本意ではないからな!」


 と言うと、ニカッと爽やかに笑った。

 あっ、ヤバい。惚れそう。

 お兄さんの男気に思わず胸がトキめいてしまった。もし俺が女だったら今頃子宮が疼いていた事だろう。そんな気がしてならない。


「じゃ、オレはもう行くよ。またどこかで会えると良いな、親友!」


 そしてお兄さんは踵を返し、後ろ手を振りながら去って行った。その姿が見えなくなるまで俺が羨望と尊敬の眼差しを向けていたのは言うまでもない。

 と、ここで手術中のランプが消えて手術室の自動扉が開き、そこから執刀医と見られる男性が出て来る。

 俺達は一斉にその男性に目を向ける。


「先生、和樹はどうなりましたか……?」


 俺は皆を代表して訊ねる。


「手術は成功です」


 それを聞いて俺達はホッと息を吐いたり胸を撫で下ろしたりと安堵する。が、医者の表情が曇ったのを見て再び緊張し、顔を強張らせる。


「ですが痕は残るでしょう。最善を尽くしましたがこればかりはどうしても……」

「そう、ですか……でもありがとうございます」


 俺は深く感謝すると同時にその気持ちの分だけ頭を下げた。


「今は麻酔が効いているから眠っていますがすぐに目覚めるでしょう。では私はこれで」


 医者は去って行った。

 その姿が完全に見えなくなるのを確認した後、俺は皆を見る。


「じゃあ時間も時間だからお前らはもう帰れ」


 現在、午前0時を少し過ぎた辺り。そろそろ体力に限界が来ている者もいるはずだ。なのでもう帰って寝た方が良い。


「お兄ちゃんはどうするの?」

「俺は和樹が目覚めるのまで待つ」

「そっか……じゃあキラ、帰ろう」


 因みに俺は体力の限界だが眠るつもりはない。どうしても和樹に伝えたい事があるからだ。それを完了させるまでは絶対に帰るわけにはいかない。それを理解してかカノンは、何度もこちらを振り返るキラの右手を左手で引いて帰って行った。


「で、お前はどうするんだ?」


 最後に残った朝倉を見て訊ねる。

 朝倉は被害者でも加害者でもないし、和樹ともその母親とも面識がない。つまりここに残っても無意味だ。なので早々に帰って欲しい。だが強引に協力させてしまったのだから、彼女に『帰れ』とは強く言えない。だからこれからの動向を訊ねたわけだが、どうやら俺の気持ちが分かったらしい。眉間に皺を寄せてこちらを見た。


「残るわ。どうせ暇だし」

「そっか。じゃあ和樹が目を覚ますまで付き合ってもらおうかな」

「でもナース服は着ないわよ」

「何故そんな話になる?」

「だってさっきからナースばっかり見てるじゃない、しかもエロい目で」

「見てねえよ」

「じゃあパルがナース服を着ていたらどうする?」


 そうだなぁ……もし朝倉がナース服を着ていたら――


「――セクハラしてるだろうな」

「ほらやっぱり」

「待て、それは相手が朝倉だからこその事であって、他人には絶対にしないから!」


 俺の問題発言を聞いて朝倉はほんのり頬を赤く染める。そして照れ隠しにこちらを睨むとすぐにそっぽを向いた。


「……エッチ」

「なんかごめ――ゴフッ!?」


 ノールックで鳩尾を殴られました、てへぺろ!


「『なんかっ』て何よ『なんか』って」

「……すみませんでした」

「分かれば良いわ。それより聞きたい事があるんだけど……良いかしら?」

「おう、何でも聞いて良いぞ」

「あなたが大怪我を負ったせいでうやむやになったし、あれからかなり時間が経っているから聞きづらいんだけど……パルには他人に好かれるのを嫌がっている時期があったじゃない?」


 確か朝倉がストーカー被害に遭っている時、そんな感じだったっけ。口癖は『だからパルの事は好きにならないでね』だったよな。


「それがどうしたんだ?」

「一緒にラブホテルに入った事は覚えてる?」

「あぁ」


 てか忘れられるわけがない。何せそういう場所に行って結局は何もしなかったんだからな。


「じゃあそこでパルが他人からの好意を嫌う理由を話した後『これからもパルを好きにならないでね?』って言った事は?」

「覚えてるよ。それで俺は『お前の願いに従う事は出来ない』って言ったよな」


 ※一章の【好意忌避の理由】をご参照ください。


「うん。で、パルは『何で?』って聞いたよね?」

「あぁ、俺はその問いに『それは今は言えない。でも必ず話す』と答えた。そして朝倉に『いつ?』と聞かれて『この件が解決したら』って……まさかお前、今それを聞こうとしてるのか!?」

「ダメ……かな?」


 上目遣い、そして潤んだ瞳で訊ねる朝倉。

 この仕草は卑怯過ぎる……これじゃあ嫌でも話さないといけなくなるじゃないか……話したくない。話したくはないが――


「――た、ただ単に朝倉ともっと仲良くなりたいと思っていたからだよ……」

「つまり下心?パルに恋してるの?」


 今となってはどちらも否めない。というか前者は当たっていて、後者は不明瞭だから否めるわけがない。だがここで認めてしまうと勘違いさせる事になるし、プライド的に許せないから至って冷静に否定させてもらうとしよう。


「いや、べちゅに」


 しまった、噛んじゃったよ……これじゃあ認めたも同然だ。


「……べちゅに?」


 完全にそう捉えた朝倉は、とても意地悪そうにニヤニヤしながら訊ねる。


「べ、別に恋はしていない。人間として好きなだけだ」

「へぇー、それは残念だなぁー」

「えっ?もしかして朝倉……俺の事が――」

「人として好きよ」

「…………」


 この悪女めっ!!


 というやり取りをしながら先に病室へ運ばれた和樹の元へ向かっていると、五メートル先の右側にあるドアが開いてそこから人が出てきた。


「あれ?兄貴?」


 その人物は和樹だった。

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