第22話 そして事件は起きるのであった
※※※※※※
あれから俺はすぐに帰宅した。その理由は朝倉に電話で『今、あなたの家にいるわ。話があるから早く帰って来なさい』と言われたからだ。
で、家に帰ると確かに朝倉がいた。というか玄関の扉を背に仁王立ちしながら俺を待ち構えていた。何か恐怖だった。
それからリビングに移動して、先程の和樹との一連のやり取りと彼の現状を説明し、今に至るわけだが、俺の話を聞いた皆は目を伏せて無言の状態だ。きっとこれからどうするべきかを考えているのだろう。それは俺も同じ事で色々な思考を巡らせている。
和樹をどうやって助けるか?
その方法だけをただひたすら考える。
すると――
「あー、何だ?取り敢えず状況は分かったがあの親子がしている事は犯罪だ。オレは警察に突き出した方が良いと思うぞ」
と、お兄さんが後頭部を掻きながら言う。
一理ある。けれどそれは極論だ。そして最悪な選択でもある……だから俺はそれをしたくない。出来る事なら彼が救われる方法を取りたい……でも一体俺に何が出来るって言うんだ?この俺に……
去り際に和樹が見せた全てを諦めた表情を思い出しながらそう考えたところで――
「その前に朗報があるから聞きなさい」
俺の思考を読んだらしい朝倉が、その負の感情を取り除くように言った。
「朗報……?」
「ええ、実はネットオークションであなたの腕時計が出品されているのを見付けたの」
そう答えてすぐ、朝倉はテーブルに置かれた自分のノートパソコンを開き、それを起動させた。そしてウィンドウズ画面になると、直ぐ様インターネットを開いて、俺の腕時計が出品されている画面をこちらに見せる。
「……っ!」
見覚えのある金製の腕時計がそこには映されていた。
目を凝らして画像を見る。
俺が不注意で落とした時に付いた傷の数々が、俺が記憶しているのと全く同じ位置にある。
「間違い無い。これは俺の腕時計だ」
「うん、確かにこれはお兄のだね」
「いや待て、何故分かるんだ?」
俺の言葉に即座に首肯したキラの目をジーッと見詰める。
「それをお兄と思ってオナ……コホン、ちょっと拝借して観察した事があるからだよ」
コイツ今、聞き捨てならない事を言おうとしていなかったか?てかそもそもの話、腕時計をおかずにどうやってオナ……いや、俺の腕時計を使ってという可能性も……待て、気のせいだ。気のせいだと思う事にしよう、うん。
「……と、取り敢えず証人が二人もいるって事はこの出品物が俺のものである事は確定したも同然だ。それでだが朝倉、出品者の情報は分かるか?」
「ちょっと待ってね」
朝倉はマウスを操作し、出品者名の上にカーソルを持って行くと、そのままクリックした。
三秒後、出品者の情報が載ったページが表示される。
「@Kazukimama……これはidよ。でもって現住所は大まかにしか分からないけど隣町で、性別は女性で、年齢は四十二歳。そしてidで分かると思うけど【かずき】という名前の子供がいるわ。他に分かる事は無さそうね……でもこの人がお探しの相手である可能性は非常に高いと思われるわ」
確かに可能性は高い。情報がこれなんだからな。でもたまたまという可能性も捨てきれないんだよなぁ……でも!!
もし出品者が全くの別人だったらと思うと気が引けてならない。しかし当たって砕けろという言葉もあるわけで俺は決心する。
「よし、コイツに狙いを絞るぞ!!」
――三日後――
部屋に充満した煙草の煙で息苦しさを覚えて和樹は目を覚ます。
こんな起き方をするのは珍しくない。小さい頃から何度も経験しているから既に慣れた。でもこの喉と鼻腔を刺激するような苦しい感覚だけはいつまで経っても慣れない。
布団を深く被り、口に布を押し付けて三度深呼吸。
部屋と同じく煙草臭い。けど喉や鼻腔に刺激がこないので呼吸は出来た。
息を正常に整えた後、覚悟を決めて布団から出る。するとすぐに母の姿が目に入った。彼女は足を組んで椅子に座り、嬉々とした笑みを浮かべている。その右手には扇形に並べた一万円の札束。これはネットオークションで売れた昴の腕時計の代金五十万円である。
瞬間的に昴の笑顔が浮かんで胸がズキンと痛んだ。
この痛みは殴られたり蹴られたりするよりも酷い。自分が汚れてしまっている事を実感させられるからというのもあるが、最もの原因はやはり昴への罪悪感からだ。
――僕は何て事をしてしまったんだ……親切にしてくれた人にあんな顔までさせて……
三日前、公園での去り際に見た昴の絶望的な表情がフラッシュバックされる。
――本当に最低だ……でも仕方ないよ。逃げ場なんて無いんだし……
自分がこの地獄から抜け出す事が出来るとすれば、それは母が死んだ時だけ。それが分かっているからこそ悔しいし、絶望を覚えざるを得ない。今もその気持ちに苛まれている。
この気持ちは何度も経験している事。普通なら慣れで感覚が麻痺して何も感じなくなるのかもしれない。しかし和樹はとても繊細な心の持ち主なので日に日に気持ちが強くなるばかりである。
あまりにもやるせなくて奥歯を噛み締める。直後、母親と目が合った。
「んぁ?やっと起きたの。あたしはこれからパチンコ屋に行くけどあんたには何もあげないわよ」
意地の悪い顔で万札扇子をパタパタと扇ぎながら涼を取る素振りをする母親。そんな彼女に嫌悪感を覚えつつ和樹は「……はい」と相槌を打つ。
「そもそも、あんたが通帳を無くすから収入が減ったのよ?そこら辺ちゃんと分かってる?」
「……はい」
「そんなあんたをグーパン三発で許してあげたんだから感謝しなさい」
母親はそう言うが、そのパンチを与えた箇所は全て顔面だ。そのせいで和樹の整った顔は痛々しい様相となっている。腫れは既に引いたものの、唇の右端には亀裂があり、鼻の付け根と左頬には大きめの痣が出来ていて、人によっては見た瞬間、心を痛めるレベルだ。
和樹にそんな傷を負わせておいて感謝させようとする母親に和樹は殺意を覚える。が、それを気取られるとまた暴力を振るわれるので和樹は気持ちを押し殺し、微笑みながら表面上だけ感謝する事にした。
「ありがとうございます」
――死にたい……ううん、いっそこの人を殺して僕も死のうかな……そうしたらこれ以上被害者を増やさずに済むだろうし……そうだ、そうした方が良い。
「あ?何だその目は?喧嘩売ってるのか!?」
「ひっ!?」
まるで猛獣が威嚇するかの如く形相で怒鳴られた和樹は、反射的に小さな悲鳴を上げて大きく身を震わせた。そんな和樹を睨んだまま、母親はのそりと椅子から立ち上がり、和樹の方へ歩を進める。そして手の届く距離まで接近すると立ち止まり、左手で和樹の頭頂部の髪を鷲掴む。
「誰がお前を……養っていると思っているんだぁっ!?」
そう言って母親は右手で和樹の頬に一度だけ本気の往復ビンタを食らわせる。
「……ぅぅっ……」
――痛い……それに怖い……僕、今度こそ死ぬかもしれないな……
「そもそもあたしが居ないとあんたはどうやって生きるっての!?」
訊ねると母親は右手で和樹の首を絞めた。
「この穀潰しが!殺してやる!!」
「ぁが……が……」
喉の粘膜が潰されて猛烈に咳き込みたい衝動に襲われるが、気道が塞がっているのでそれが出来ない。
頸動脈が絞まった事で脳への血流が止まり、途端に意識が遠退き始める。
咄嗟に母親の右腕を両手で掴み、爪を立てて彼女の皮膚を掻き毟る。
「痛っ!?」
母親は思わぬ反撃に驚愕し、右手を放した。
「げほっげほっ!!はあ……はあ……はあ……」
――に、逃げないと殺される!!
そうは思うが、脳が酸欠を起こしているせいで視界が霞んでどこに玄関があるのかが分からない。それにビンタされた事で脳震盪か起こったのかフラフラして立ち上がる事も出来ない。こんな状態でどうやって逃げれば良いのか、和樹にはそれが分からなかった。なので和樹は丸まって身を守る事にした。
「死ねっ!死ねえええええええ!!」
ヒステリックになり、奇声のような金切り声を上げながら和樹の体を何度も踏みつける母親。だがすぐに体力の限界が来たらしい。彼女は冷蔵庫から飲み物を取り出す為か、台所の方へ向かう。
――良かった……助かった……
そう思ったのも束の間、母親は冷蔵庫は開けず、その隣にある食器洗い機から包丁を取り出した。
――そんな……
そしてゆっくりとした足取りで和樹の方へ戻ると、鋭利なそれを振り上げる。
目を瞑る和樹。
――嗚呼……僕、死んじゃうのか……
「ヴッ……ぎゃあああああああああ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます