第20話 出来る限りの策

 取り敢えずお兄さんを家に入れ、リビングへ通し、俺がいつも使っている席へと案内した。それからすぐにカノンが熱いお茶をお兄さんの前に出したので、すぐに話を始める事にする。

 因みに、ポリスデリバリーのキャンセルは無事成功しているので、この状況でこう言って良いのかは分からないが、もう安心だ。ゆっくりと話を聞ける。

 さて、何から聞いたものか……

 聞きたい事は山ほどある。でも聞いて良い事と悪い事は絶対にあるはずなので、ここは慎重に質問したい所だ。

 まずは……そうだ!


「和樹は一体幾ら借金してるんですか?」

「聞いてどうするつもりだ?もしかして肩代わりを――」

「いえ、それは絶対にしません。こればかりは和樹の自業自得なので」

「……そうか、はっきり言うがその方が身の為だと思うぞゴルァ」


 この場面でも『ゴルァ』を使うんすか。

 そう思い苦笑した後、質問を続ける。


「それで、幾らですか?」

「丁度二千万円だ」

「二千万!?」


 さすがの驚愕で目を剥いて口を半開きにしてしまった。

 数秒後、そんな自分に気付いてコホンと咳払いし、場を仕切り直す。


「そうですか。それは随分な額ですね」

「あぁ、因みにその半分は返済遅延料だ」

「返済遅延料……」

「そう……言っておくが法外な利率でお金を貸したからそうなったわけではないぞ?他社よりも良心的な利率でお金を貸してそれなんだ」

「つまりそうなってしまう程返済が滞っているという事でしょうか?」


 でないと借金が倍に増えるわけがない。


「ご名答。それどころか借金してから一度も返済は行っていない」

「なっ!?」


 なんじゃそりゃあ!?それって悪質過ぎるだろ。もしそれが本当なら普通はさっきみたいになるよなぁ……

 先程、物凄い剣幕で玄関の扉を叩いていたお兄さんの姿を思い出しながらそう思う。


「調べてみた所、ヤツは――いや、正確にはヤツの母親は他の金融企業からも莫大な借金をしているらしい。しかもうちと同じで返済は一度もしていない」

「…………」


 あまりの衝撃に言葉を失う。


「だからオレは何としてでもあの餓鬼を捕まえたい。ついでに言えば母親もな」

「ちょっと待ってください。母親も、って事は……生きているんですか?」


 和樹の話によると、既に死んでいるとの事だったのだが?


「確実に。けれど居場所が分からない。あの餓鬼を捕まえたい理由はその居場所を聞き出す為でもある」

「そう、ですか……」


 俺が相槌を打つようにそう言うと、お兄さんは徐に頭を下げた。そして言う。


「この際だ。協力してくれないか?そちらも被害を被ったのだろう?」


 協力するのは吝かではない。寧ろこちらから土下座で頼みたいぐらいだ。一家離散を避けたいからそれは尚の事。でもキラとカノンがそれを許してくれるかが問題だ。

 台所で並び立ち、こちらを見守る二人に目を向ける。

 すると二人はコクリと頷いた。どうやら協力要請を受け入れるらしい。

 スムーズに事が進みそうなので、ホッと安堵する。そして――


「分かりました。手を組みましょう!」


 俺はお兄さんに右手を差し出して握手を求める。


「ありがとう!」


 お兄さんはその手を掴んだ。そして俺達は固い握手を交わすと、すぐにその手を放す。


「とはいえ、どうやって和樹を捜しましょうか……」


 既に逃げた後だから捕まえようが無いよな?うむむぅ……

 俺と同じ考えなのか、お兄さんは唐突に後頭部をボリボリと掻き毟りながら微妙な表情を浮かべた。

 と、ここでカノンが口を挟む。


「お兄ちゃん、恐らくではありますが、預金は別として、貴重品の換金はまだされていないと思いますよ……時刻的に」


 現在時刻は午前九時の十五分手前だ。近所の銀行は大半が既に開いている時間だから預金の引き落としはされているかもしれないが、貴重品の買い取りを行っている店は大体が十時ぐらいから始まるからまだ売られていない可能性がある。カノンはそう言いたいのだろう。

 それは当たっているかもしれない。実際に調べた事があるからそれは分かる。でも例外はあるわけで、二十四時間営業している店も近所にちらほらとあるから確実とは言えない。でも俺達はまだ売られていない可能性に賭けるしかない。それ以外、今のところ打つ手無しだ。

 因みに、警察に協力してもらう手もなくはない。その方が早く解決するだろう。しかし和樹の将来の事を考えるとそれだけはしたくない。和樹が無理矢理させられているのだとしたらそれは尚の事である。

 お兄さんが何を考えているのかは分からないが、きっと彼も少なからず考えているだろう。でないと既に警察に何とかさせているはずだ。となると――


「よし、それじゃあ近場の買い取り店で和樹を待ち構えるとしよう」


 それしかない。だが――


「いえ、それは早計だと思います」


 再びカノンが口を挟む。


「どうして?」

「あの子が――もしくはあの子の母親がこの近場で貴重品を売るとは思えません。それは買い取り手続きをしている際、私達に捕まる可能性があるからです」

「確かにそれはあるな……ならカノン、例えばで構わないがお前ならどこに売る?」

「そうですね……私なら……」


 腕を組み、右手人差し指の腹を右頬に付けて首を傾げるカノン。その五秒後、思い付いたらしく、頬から僅かに指を離して言う。


「ネットオークションですね」

「その心は?」

「やりようによっては住所を晒さないで済むからです。それに匿名で売れるから」

「……なるほど」


 郵送する際に必要になる住所はいくらでもでっち上げる事が出来る。それに匿名で売れるのだから個人情報を知られる事もない。つまり捕まるリスクが極めて低いという事だ。


「それは良策だな。俺でもそうする」

「でも確実というわけではありません。それだけは忘れないでください」

「あぁ、分かっている。けど悪事を行えばいつかはしっぺ返しをくらう。それを和樹に分からせてやろうぜ!」


 すると俺以外の全員は深く頷いた。


「でもまだ他に方法はあるかもしれない。だから他に考えがある人!」


※※※※※※


 瓜生家から電車で三十分の場所に和樹の住んでいるアパートはある。

 そこで彼は実は未だに生きている――というか健在な母親と一緒に暮らしていた。

 閉めきっていて暗い八畳の部屋の中、唯一点いている明かりはパソコンのディスプレイが発するもののみ。部屋中タバコの煙が充満していて噎せそうになるのを我慢しながら和樹は布団の上で毛布を深く被り、丸まっていた。

 兄貴、きっと怒っているんだろうなぁ……

 せっかく仲良くなれた人。血は繋がっていないものの、彼は本当の弟のように接してくれた。そんな彼を裏切った罪悪感に押し潰され、涙しそうになるのを下唇を噛んで堪える。

 パソコンでとある作業に没頭していた母親が立ち上がって和樹の布団へ歩を進めた。


「起きろ」

「……はい」


 母親の低くてドスの利いた声にビクリと身を震わせた後、ノソノソとした動きで布団を退かして上体を起こして返事する。

 そして母親の顔を見ようとした所で――


「っ!?」


※※※※※※


 十分という短い時間で出た数々の案から厳選した結果、これから俺達が行う事は近場の銀行と買い取り店を見回る事と、ネットのオークションサイトを見回って目ぼしい商品を出しているユーザーを見付ける事だった。

 これからそれらを分担して行うわけだが、どうにも人手が足りない。なので俺は朝倉に協力を依頼するべく電話を掛ける事にした。


『もしもし?』

「朝倉?俺だけど今暇か?」

『俺……つまりオレオレ詐欺の人という事かしら?』


 違ぇよアホ。


「……いえ、あなたの友達の瓜生昴です」

『あら、瓜生くん。おはようございます』

「うん、おはよう。それで、今暇か?もし暇なら手伝って欲しい事があるのだが……」

『手伝って欲しい事……?』

「そう、端的に言うが今朝俺は窃盗で殆どの財産を失った。正直言ってこのままじゃ一家離散してしまう。だから犯人を捕まえる為に手伝って欲しいんだ」

『分かったわ。それで、パルは何をすれば良いの?』

「お前には――」

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