第19話 不穏な来客

 夜中、近くからガサゴソと何かを漁るような音が聞こえて目を覚ます。

 その音の聞こえる方向に目をやると、そこには通帳や印鑑など、貴重品の入ったタンスを開けて何かを探す和樹の姿があった。

 一体何をしているんだ……?

 そう思いはしたが、どうせ耳掻きやら爪切りやらの小道具を探しているのだろうと判断して再び眠りに就く事に。











 翌朝、和樹は消えていた。


※※※※※※


 部屋に和樹の私物は一切無し。ついでに俺のお気に入りだったネックレスや指輪も見当たらない。ついでに言えば、キラとカノンの部屋からも消えているものが幾つかあった。それらは全て貴重品で売れば高値が付きそうなものだ。


「犯人はアイツしかいないわ!」


 俺、キラ、カノンはリビングのテーブルに就いて家族会議を開く事にした。その最初に発せられた言葉がキラの怒声だ。


「アイツというのはもしかして和樹の事か?」

「当然よ!」


 テーブルに左肘を突いて、左手に左頬を乗せて訊ねる俺に、キラはほっぺを膨らませながら怒り心頭の様子で答える。


「そもそも、アイツが家から居なくなると同時に貴重品が無くなったんだよ!?通帳も!印鑑も!!犯人はアイツしかいないじゃない!!」


 そしてキラは両手の掌でテーブルをバンッ!と叩いて頭を抱える。


「あー、もう!財産無しでこれからどうすれば良いのぉぉぉ!?離散?一家離散!?」


 そんな正面に座っているキラの頭にポンと右手を置く。するとキラは俺のその手を両手で掴んで顔を上げる。その目には悔し涙が浮かんでいて、どれだけ衝撃を受けているのかが分かる。


「……心配はいらない。それだけはさせないから」

「本当……?」

「あぁ、絶対だ。だから安心しろ」


 そう言って俺はニッコリと笑って見せる。

 ズズッと鼻を啜るキラ。そして右手を両手で包むと、満面の笑みを浮かべて言う。


「……うん!お兄、大好き!」


 ここで、ピンポーン!とインターホンが来客を知らせた。

 もしかして和樹が帰って来たのか?

 思った直後、今度は家中に響くほど激しくドアが叩かれ始める。


「お兄ちゃん……」


 名前を呼ばれ、玄関の方に向けていた目をカノンへ。


「これ、尋常じゃないよ」


 カノンは深刻そうに眉間に皺を寄せてそう言うと、テーブルに置かれた自らのケータイを右手に取った。そして画面を数秒操作すると、こちらに画面を見せる。

 画面には【110】の文字と通話と終話のアイコンの二つと、テンキーが映し出されていた。どうやらカノンは警察に通報する準備をしてくれたらしい。


「…………」


 警察か……ここは呼んだ方が良いのかもしれないが、そうなると和樹が……

 警察を呼べば突然の来訪者を帰す事は可能だろう。だがそうなると家から貴重品が無くなった事も話さないといけなくなる。というかキラかカノンのどちらかが絶対に話すはずだ。そんな事になれば、和樹の立場が危うくなる。もしかしたら指名手配になるかもしれない。それだけは何としてでも避けたい。彼の事を思うならそれは尚の事である。


「……分かった。じゃあ相手を確認してから考えよう」


 もしかしたら和樹が帰って来た可能性もあるので、そう言って立ち上がる。そして玄関へ行くと、除き穴に顔を寄せて外を見る。

 相変わらず叩かれている扉。その犯人は白スーツの長身で肉だるまのような体格の男性だった。その男性は真っ黒なサングラス、首には太い金のネックレスを掛けている。まるでどこぞの借金取りみたいだ。ソイツが凄まじい形相で扉を殴ったり蹴ったりしている。

 うわぁー、関わりたくねぇー……

 キラとカノンに目をやると、二人は扉が叩かれる度に身を震わせ、怯えていた。

 ……仕方ない、か。

 左手でスマホを持ち、それを耳元へ持ってゆき、通報しろの合図を出す。するとすぐにカノンは家の奥へ引っ込んだ。それを追うようにキラも居なくなる。

 ふぅー、と息を吐く。

 そして扉を開ける。


「ゴルァ!あの餓鬼を出せやゴルァ!!」


 で、唐突に凄まれる、と……わけワカメだな。って、死語か。

 そんな事を心中呟きながら冷静に対応する事にする。


「あの餓鬼、とは和樹の事でしょうか?」

「そうだゴルァ!今すぐヤツを出せやぁ!!」

「その理由を聞かせて貰っても良いですか?」

「借金を取る為だゴルァ!!」


 てかゴルァ、ばっかだな。喉痛くならないのか?いや、そんな場合じゃないか。それより借金とはどういう事だ?もしかしてこの家から財産を盗んだ原因に繋がっているのか……?ていうか確実に繋がっているんだろうなぁ……訊いてみるか。


「まあ、落ち着きましょう。それにここにはもう居ません。色々なものを盗んで蒸発しましたからね」


 俺が両手を肩の位置まで上げてため息を吐くと、借金取りのお兄さんは「へっ?」と頓狂な声を出した。そして半信半疑気味に訊ねる。


「マジで?」

「はい、マジです。なので正直困太という状態ですね。SOS信号を国に出したいぐらいです」

「……そうか」

「はい」

「「…………」」


 訪れる静寂。それが十秒程続いたところでお兄さんは踵を返す。


「いや、まあ、それはドンマイだったな。迷惑を掛けてすまなかった」


 謝罪した事から分かった。このお兄さんは言葉はキツいものの人格は良いらしい。なのでせめてもの情けのつもりで――


「カノン、通報は中止だ。何とかはぐらかしてくれ」


 家の奥で未だにオペレーターとやり取りをするカノンに指示する。すると直ぐ様カノンが姿を現し、右手でオーケーサインを出した。

 それを確認し、俺は「ちょっとだけで良いので話を聞かせていただけませんか?」とお兄さんにお願いしてみる。


「話を……?」


 男は右足を前に出した所で動きを止め、首だけを動かし、こちらを見た。


「はい、もしかしたら協力出来るかもしれません」

「…………」


 考え込むように顎に右手の指を付けて視線を斜め下に向けるお兄さん。

 五秒程経過するとこちらを見る。そして再び踵を返して――


「……分かった」

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