第17話 紛失

「で、どういう事かなお兄?」

「説明して」


 拗ねるように唇を尖らせて訊ねる双子。如何にも強気だが俺に正座させられているから台無しだ。しかし俺に非がないとは言い切れない。なのでこちらも正座。その状態で会話は始まった。


 まず、和樹の母親が病気で亡くなった事を話し、それからその母親からの手紙を二人に見せた。すると意外や意外、大いに同情し、涙した。


「苦労したんだね……グスン……」

「ずっとここに居て良いから……エグッ……」


 鼻を啜ったり呻いたりするキラとカノン。もしかしたら自分達が経験した苦労を思い出しているのかもしれない。そしてその頃の自分達を和樹に重ねているのだろう。そんな気がする。

 あまり感情移入し過ぎるのは良くないと思うのだが……正常な判断が出来なくなるし……でも二人がそれで良いのなら……


「じゃあ決まりだ。これからよろしくな、和樹」


 反論したいではあるが、一度家主権限を行使した以上は取り消すわけにはいかない。なのでなるべく笑顔で右手を差し出す。が、右頬が引き攣って仕方がない。

 そんな俺の顔を上目遣いで見た後、視線を右手に向けてそのまま握手する和樹。そして目を細めてしまう程の眩しい笑みで言う。


「よろしくです……兄貴!」


 てれれれってってってー!

【和樹が仲間になった】

 って、何でだよ!!


 脳内でボケて突っ込みを入れる俺であった。


「そうだ!カーくんの部屋はどこが良いかなお兄?」


 最も肝心な話を俺に振るキラ。その問いに俺は当然の如くこう答える事にする。


「両親が使ってた部屋で良いだろ」

「それは駄目」


 即却下するカノン。


「何でだよ?」

「思い出がいっぱい詰まっている部屋だからだよ。あそこで色んな事があったでしょ?」

「色んな事……」


 俺は思い出す。あの部屋での数々の出来事を――

 確かよく絵本を読んでもらったっけ……

 最後に思い出したのがそれだった。一般家庭でよくある風景なのかは知らないが、俺に……いや、俺達にとっては特別な思い出だ。それを他人に汚されたくない。例え和樹だったとしてもだ。


「……それもそうだな。じゃあお前らの部屋はどうだ?」

「えっ?何で!?」「はあ?何で!?」


 驚愕気味に目を見開いて同じタイミングで聞き返すカノンとキラ。


「いや、何でも何も、お前ら俺が『じゃあ俺の部屋にする』とか言ったら絶対に却下するだろ」

「「当然!!」」

「な?それならお前らの部屋を使わせた方が良いだろ?」

「「…………」」


 俺の案が理に叶い過ぎているのか無言で俯く双子。

 和樹は見た目こそ女性だが性別は男だ。抵抗が強いのだろう。その気持ちは分からないでもない。しかしこれ以上良い案はきっと出ないはずだ――と、思っていると……


「ぼ、僕はリビングで良いよ。居候だし」


 和樹が遠慮気味に言った。

 和樹がリビングか……可哀想ではあるがそれが良いのかもしれな――


「そうだ!お兄がリビングで寝れば良いんだよ!」

「それだ!」


 勝手に納得したようにポンと手を打つキラと、そのキラをズビシと指差し激しく同意するカノン。


「いやいや!それはあまりにも残酷過ぎるぞ!俺に対して!!てか家主をリビングで寝かせるって……お前ら何考えているんだよ!頭大丈夫か!?」

「「どうして?」」

「ハモるな!てか考えてみろ!もし俺が風邪を引いて仕事が出来なくなったらどうする?」


 間接的に『収入が無くなるから!』と伝える。すると二人は――


「キラが養う」「私が養います」


 さもそれが当然であるかのように、あっけらかんと答えた。


「それは駄目だ。何度も言っているが、お前達には学業に専念してもらう」

「「えー……」」

「だがお前らがそこまで言うのなら分かった。我慢してリビングで寝てやるよ」


 このままでは埒が明きそうにないので、ヤケクソではあるがそうする事に。


「というわけで和樹、お前はこれから俺の部屋を使え」

「よろしいのでしょうか……?」


 躊躇うように視線を泳がせて訊ねる和樹。そんな彼の頭にポンポンと右手を置いて俺はこう答える事にする。


「男に二言は無い。存分に使ってくれ!」

「兄貴……」


 和樹の表情がパァーッと明るくなる。その目には歓喜の涙。どうやら思いの外嬉しいらしい。

 ここまで喜んでくれるのならリビングで寝る価値はありそうだな、うん。


「……ありがとうございます!」


 そう言って和樹は俺にヒシッと抱き付いた。それを見た双子ちゃんが嫉妬の炎を瞳に宿してこちらを睨んだのは言うまでもない。本当に理不尽だ。


※※※※※※


 翌朝になり、俺は寝巻きから出掛け着に着替えるべく、既に和樹のものとなった元自部屋へと向かう。

 扉前まで来たところで部屋の中からガサゴソと慌ただしい音が聞こえた。

 何事かと思いつつ扉を二回ノックする。するとすぐに和樹の「はーい?」と言う返事が聞こえる。

 そして数秒後、扉が開くと汗だくの和樹が姿を現す。


「う、運動でもしていたのか……?」

「いいえ、ただ模様替えをしようかと思い、部屋の大掃除をしていただけです」


 そう言って和樹はニコッと屈託のない笑みを浮かべる。


「そ、そうか。それは性が出るな。でもあまり無理はするなよ?それとくれぐれもパソコンは弄らないように!」

「分かりました!」

「それじゃあ着替えがしたいから中に入らせてく――」


 バタンッ!!と扉が勢い良く閉まる。


「待て、どうして閉める?」

「今は掃除中なので埃が凄いのです!だから兄貴は入らない方がよろしいかと!」

「……そうか」


 頻繁に掃除してたはずなのだが……そこまで酷いのか?もしそうなら申し訳ないな。


「じゃあお前のセンスに任せるから俺の出掛け着を持って来てくれ。これから約束があるんだ」


 因みにその約束とは正義先生と会うというものだ。彼女とはこれから新作についての打ち合わせをするつもりである。


「分かりました!少々お待ちください!」

「あぁ、それと金の腕時計も頼む。机の上にあるはずだから」


 金製の腕時計だなんて俺には不釣り合い過ぎるが、あれは妹達が俺にプレゼントしてくれたものだ。なので出掛ける時はなるべく着けるようにしている。今回もそうしようと思い和樹にお願いした。が――


「はい!金の腕時計……金の腕時計は……あれ?ありませんよ?」

「……はあ!?」


 どうやらそれは不可能らしい。てか机の上という最も分かり易い場所に置いたはずなのに見付からないってどういう事だよ。


「それ、マジで言ってるのか?」

「マジです。ありません」

「そんな……」


 そんなのってありかよ……でも和樹が嘘を吐いているとは思えない。そんな事をする理由がないしな。ならどうして……もしかして机の上に置いたのは俺の勘違いで本当は他の所に置いたのか……?いや、でも俺は確かに昨日……


「兄貴……」


 扉が開き、両手に俺の着替えを持った和樹が現れる。


「ごめんなさい!」


 そして彼は頭を下げる。


「いや、お前は悪くない。それより――」


 そこまで言って和樹から衣服を受け取る。そして――


「――掃除しながらで良い。探しておいてくれ」

「……はい、そうしておきます」


 和樹は何故か申し分けなさげな表情を浮かべるのであった。

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