第15話 寝込みの襲撃者
「……キャーーーー!!」
和樹がこの世の終わりというかのような表情で悲鳴を上げた。
「ご、ごめん!!」
慌てて扉を閉め、その扉に背を付けながら床にへたり込む。
マジか……アイツ、男だったのか……しかもなかなか立派なモノ……いや、思い出すな!そして考えるな!!
ブンブンと頭を振って脳内に浮かんだ映像を吹き飛ばす。そしてそのままこの場を去るべく立ち上がろうとしたら扉が僅かに開いた。
「のわっ!?」
扉にもたれ掛かっていた事もあり、直ぐ様扉が大きく開き、それと同時に俺は後ろに倒れる。
「どぶしっ!?」
床に背中を強打しながら意味不明な単語を発する。
直後、和樹の姿が視界の左上から現れた。彼女……いや、彼は体にバスタオルを巻いて真っ赤な顔で恥ずかしそうにこちらを見ている。
お、怒ってない……?というより気まずいって感じ……まあ、ここで殴る蹴るの暴行に遭わないだけマシ、か。
両足を天に掲げ、そこから勢いを付けて体を起こし、立ち上がる。そして和樹の方へ踵を返し、右手を胸の位置まで上げて「よ、よう!」となるべくフレンドリー且つ何事も無かったかのように挨拶。すると和樹は少しだけ頬を膨らませて恨めしそうな目をこちらに向けた。
「……兄貴のエッチ」
「す、すみませんでした……」
「……許して欲しいですか?」
「……はい」
「なら僕をこの家に住まわせてください」
「それはちょっと……」
「何故ですか?」
「妹達と相談しないといけないんだよ」
でないと二人に殺される。
「……兄貴のバカ。大っ嫌い」
そう言って和樹はそっぽを向いた。その女性としか思えない仕草を見ながら俺は――
コイツは男コイツは男コイツは男コイツは……男!!
と、心の中で何度も唱えて萌えそうになっている自分と戦い、それを終えるとフゥーと息を吐いて気持ちを落ち着ける。
「そう怒るなよ。なるべく良い方向に行くよう頑張るからさ」
「……兄貴……」
再びこちらを向いて潤んだ瞳で上目遣いになる和樹。
「うっ……」
キュンと胸がときめいた事に気付いた瞬間、今度は俺がそっぽを向く。
だから男だっての!俺のバカ!!
そんな俺を不思議そうな表情で見詰める和樹はやはり可愛いのであった。
※※※※※※
それからすぐにリビングへ移動した。理由は夕飯を食べる為だ。とはいえ、俺はまともな料理が作れない。辛うじて作れるのはインスタントラーメンのみだ。しかも具材が一切入っていないヤツだけである。
俺一人だけならそれでも良い。だがこの場には和樹もいるわけで、それ故に困っていると、彼は笑顔で言った。
『それでは僕が夕飯を作ります!!』
すぐに和樹は調理に取り掛かった。材料は在り合わせ。しかも僅かに冷蔵庫に余ったものだけなのだが、テーブルには、冷蔵庫に肉は入っていなかったはずなのにロールキャベツとハンバーグが並んだ。他は卵スープ、白飯、キムチ。この三つに関しては材料はあった。しかし何故にロールキャベツとハンバーグを作る事が出来たのか、謎で仕方がない。
「お前、もしかして錬金術師か何かなのか?」
怪訝の眼差しで訊ねる。
「いえいえ、冷蔵庫には肉が無かったので豆腐で代用させてもらいました」
そう答えながらエプロンを外すと、和樹は俺の正面の席に座った。
ロールキャベツの中身は噛み千切らないといけないのですぐに確認する事は出来ない。なのでハンバーグを凝視する。そして眼球が乾燥したので瞬きしようとしたところで俺は気付く。
「……なるほど、よくよく見ると白いな」
表面は全体的にハンバーグ色に焼けているが、所々に入っている亀裂に白みが見える。
箸を右手に持ち、真ん中から割ってみる。
「……ふむ」
確かに豆腐だった。ハンバーグ色なのは表面だけで、中は真っ白だった。
「具材は豆腐だけなのか?他は何か使っていないのか?」
「いえ、綺麗な楕円形を作る為に少々白い粉を混ぜさせていただきました」
「白い粉って……」
「小麦粉です。危険なお薬とかではありません」
「それは知ってる」
そう、知ってはいるが言い方には気を付けてもらいたいものだ。でないと食欲が失せる。
「ではいただきましょうか、兄貴!」
「そうだな!」
パンッと両手を併せる。そして声を揃えて「いただきます!」と言うと、早々に食事開始。
ハンバーグを一口食べてみる。
「……っ!?」
味付けは塩コショウ、それとデミグラスソースってところか……シンプルだが悪くない!寧ろ美味いぞ!!
次にロールキャベツを一口。
「……っ!?」
コンソメ味なのは香りで容易に想像出来たが少しピリ辛なのは想定外だ。でも美味しい!そして中身はやはり豆腐と言うべきか……柔らかい!けどこれも繋ぎに小麦粉でも使ったのだろう。歯応えは一応ある……これもこれで悪くはない!!美味しっ!!
「どう、でしょうか……?」
俺が何も喋らない事に不安を覚えたらしい。和樹は恐る恐るという感じで訊ねた。
「うん、美味しいよ!もしお前が女で兄弟でもなかったら結婚したいぐらいな!」
「……っ!○△□×~~!!」
急にボフッと顔を蒸気爆発させたかと思うと、口をパクパクさせて声にならない声を上げる和樹。どうやら俺はなかなかの問題発言をしてしまったらしい。
「と、いうのは冗談だ!だからき、気にするな!気にするなよぉ~!?」
って、何で俺は焦っているんだよ!アホか!これじゃあまるで俺が本気にしているみたいじゃないか!!嗚呼、自分で自分を殴りたい……でもそれをすると和樹に怪訝がられるわけで、出来ないわけで……って!だから何で焦っているんだっての!!
「あ、兄貴……?顔が怖いのですが……」
「あ、あぁ、すまない。気にするな、いやマジで……」
「はあ……」
そう相槌を打って和樹はハンバーグを口に入れ、モグモグと咀嚼する。
話を変えないと……そうだ!
「ところでだが和樹」
「はい?」
「お前、親父がもう亡くなっている事は知っているのか?」
「えっ?そうなんですか……?」
「えっ……?お前、知らなかったのか……?」
「はい……でも、そうでしたか。では兄貴の母上もなのでしょうか……?」
「まあ、親父と一緒に交通事故でな」
「そう、ですか……」
シーンと場が静まり返る。
言葉のチョイスを誤ったか……やらかした。後悔先に立たずってヤツだな。
「では今は兄貴がお金を稼ぎながら学校に行っているという感じなのでしょうか?」
「まあな。その稼ぎ方は詮索しないでくれると嬉しい」
「……まさか!?体を売って!?」
「うん、違うよ?」
「そうですか」
ホッと胸を撫で下ろす和樹。そしてニコッと笑いながら――
「本当に良かったです!」
と言うのであった。
その無垢な仕草に俺は不覚にもカノン並みの神々しさを覚える。だが彼女に勝てる者はやはり居ないわけで、幻覚後光の眩しさに目を細めるも、合掌とまではいかなかった。
「あ、ありがとう……」
「いえいえ、弟なのですから心配するのは当然の事ですよ!」
「……そうか」
弟ねぇ……妹なら良かったのに……
何て言えるわけがないので思うだけにして食事を再開する。
一口大のロールキャベツを口に放り込む。そして数回噛んだ後、飲み込むと――
「あっ!でもヒントだけは欲しいです!どんな関係の仕事なんですか?」
普通にイラストレーターと言えれば良いのだが、それだと実際に描いてくれとか言われそうだ。そうなると色々と面倒なのだが……どこかでボロが出るかもしれないし……それならこう答えるとしよう。
「本関係だ!これ以上は何も教えん!」
よし、これで面倒な事を避ける事は出来たはずだ。
「本……もしかしてエッチな本を描いていたりして……」
「…………」
鋭いなコイツ……
「それに兄貴は変態さんだからその可能性は大いに……」
「…………」
俺が変態だと決め付けるのは頂けない。しかし図星なのは図星なので言葉が出ない。いや、もしここで何かを言ってボロを出してしまったら終わりだ。それ故に口を開く事が出来ない、と言った方が正しいだろうか。
そんな状態になり、冷や汗だらだらで俯いていると、和樹は心配するようにこう訊ねる。
「どうしましたか?」
「へ?いや、な、何でもないぞ?」
なるべく冷静に答えたつもりが声が上擦ってしまった。
そんな俺を訝しそうに見詰める和樹。そして数秒して理由に気付くと彼はポンと手を打つ。
「なるほど、描いているんですね?」
「…………」
黙秘だ!黙秘権を行使するんだ!!そして絶対に目を合わせるな!!
視線を自分の内股に一点集中させて、無言を貫く事に。
「描いて……いるんですよね?」
もしこの事がバレてみろ。また先日のようになるぞ。どうせ嫌われるに決まっている。そうならないようにするには黙秘だ!!
「へぇー、黙秘ですか。つまり認めるという事ですね?」
黙秘……黙秘、黙秘!黙秘!!
そして和樹は、こちらの身が凍えるんじゃないかと思う程の冷ややかな声と視線で言う。
「兄貴……とんだクズ野郎ですね」
……オワタ。
そう思った直後――
「……と、世間の方々は仰るのでしょうが僕はそうではありませんよ?寧ろ尊敬します」
「……は?」
「いや、だって……兄貴はそれでしか妹二人を養う事が出来ないのでしょう?」
「あ、あぁ……」
「なら仕方ないじゃないですか。それに立派だと思います。エロ本……いえ、ここは同人誌と言った方が正しいでしょうか……とにかく!高校生がそれで家族を養うだなんて普通は出来ない事だと思います。きっとかなり苦労や努力をしたのでしょう?だから僕は心の底から兄貴を尊敬致します!」
「和樹……」
何て物分かりが良くて優しい子なんだ……もし男じゃなければ本気で惚れていたかもしれない……嗚呼、抱き締めたい……抱き締めてこの喜びをこの子と分かち合いたい……でも!!
「べ、別に当然の事をしたまでだよ!はぁーっはっはっはっ!!」
言った後、一気に料理を完食。そして――
「じゃ!明日まで適当に寛いでおいてくれ!さらば!!」
逃げるように部屋へ戻る俺であった。
※※※※※※
俺は急激な眠気に襲われてベッドに入り、目を閉じた。多分、眠りに就くのに分は掛からなかったと思う。それから腹部に何かが圧し掛かっているような感覚に襲われて目を覚ますと、そこには俺の腹に跨がる和樹がいた。
「あっ、起きましたね兄貴!」
「……何をしている……?」
「いえいえ、何かを
そう言うと和樹は俺の顔を右の生足で踏み付けた。
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