第11話 仲直り

※※※※※※


 翌日、俺と朝倉は近くの警察署へと足を運び、警察に昨日の出来事と、以前からあの不審者にストーキングされている事を話し、被害届けを出した。対応してくれた警察の話では、これから不審者に話を聞く為、マンションの周辺と不審者の家へ職員を派遣するらしい。それを聞いて俺達が安堵したのは言うまでもない。

 それから警察署を出たのは午後二時を少し回った辺りだった。さすがに空腹が酷いので昼食を摂るべくファミレスへ。そして腹を満たすと学校へ向かう事にした。理由はキラの悩みを解決させる為だ。


 正門前に到着した。つい先程放課後のチャイムが鳴ったばかりなので、下校する生徒達が正門を通過している。面倒な事に俺の逆方向からだ。

 うわぁー……

 満員電車から一斉に客が流れ出る様を彷彿とさせるその光景に足がすくむ。だがそれはほんの数秒だけで、このままではキラが殴られるかもしれないと思うと勝手に足が動いた。

 何度も他人とぶつかりながらも比較的人通りの少ない右の壁際を歩いて正門へ近付く。

 途中、背中に一際強い衝撃が走ったが気にせず前へ。

 そしてやっとの思いで正門を通過すると、即座に人の流れから抜け出して全力疾走。

 で、体育館裏に着くと直ぐ様キラとカノンを発見した。他に人の姿は見当たらない。

 間に合ったのか?それとも……

 既に一悶着あり、件の男子生徒が去った後でない事を祈りながら二人の下へ早足で向かう。

 二十メートル程の距離まで近付いた所でカノンが気付いた。彼女はキラの右肩をポンポン叩いてこちらを指差す。するとキラもこちらに気付いた。

 二人との距離、約三メートルの所で足を止める。


「男子生徒は?まだ来てないのか?」

「「…………」」


 無言で俺から目を逸らす二人。その表情はどちらも浮かない様子。

 これは間に合わなかったっぽいな……

 直感でそう思い、深く頭を下げる。


「遅くなってごめん。罰ならちゃんと受ける。でもそれはキラを助ける事が出来てからにしてくれないか?」

「「…………」」


 それでも無言。

 会話すらしたくなくなる程怒っているみたいだな……

 そう思ったが、頭を上げて二人の顔を見た瞬間、それは違うと気付く。

 二人は今にも泣き出しそうな顔をしていた。まるで罪悪感に押し潰されそうになっているかのような、そんな顔だ。


「「……ごめんなさい!!」」


 今度は二人が頭を下げた。そしてカノンがそのままの体勢で言う。


「昨日のあれは嘘です!本当は何もありませんでした!ただ昴さんに嫌われていないか確認する為に吐いた嘘なんです!」

「…………」


 二人は何を言っているのだろうか?さっぱり訳が分からないのだが……てかそもそもの話、俺が二人を嫌いになるわけがない。それは二人も分かっているはずだ。それなのに俺に嫌われていないか確認する為に嘘を吐いたって……何じゃそりゃあ!でも……


「……良かった」

「「えっ……」」

「何も無くて良かったって言ってるんだよ」

「怒らないんですか……?」


 俺の反応があまりにも意外だったのだろう。頭を上げて訊ねたカノンの表情はとても怪訝そうだった。


「本当は怒らないといけないんだろうな。でも俺はそんな事はしない。そもそもその権利は今の俺には無いんだからな」

「「…………」」


 こちらの目をジッと見ながら再び無言になる二人。今度は罪悪感で何も言えないからという感じではない。俺が本音で話しているのか目の動きで判断する為に集中し過ぎているからという感じだ。


「この際だから言っておく……俺は永遠にお前達の事が好きだ!大好きだ!!愛してると言っても良い!!それはもう二人と結婚したいと思っているぐらいな!!」


 あー、言ってて恥ずかしい……でもこれは本当の事だ。本当に二人を愛している。それがちゃんと伝わってくれていれば良いのだが……


「昴さん、それはさすがに気持ち悪いから」

「うん、今世紀最大級の気持ち悪さだね」

「何それ酷い!?」


 本音を口にしただけなのに素で気持ち悪がられた。涙が出そうになる程傷付く。でも俺はお兄ちゃんだ。そんな事で泣いてちゃ威厳が無くなるので笑顔だけは欠かさない。


「そ、そんな事よりだ。お前達はもう怒って……いや、もう俺を嫌っていないのか?理由を聞く限りではそうじゃないと解釈出来るのだが?」


 嫌われていないか確認をする為に嘘を吐いた。それは俺の事が好きだからこそ言える事だ。嫌いならそんな事は言わない。嫌われているか確認する為に嘘を吐くだけで理由を話す事はない――と、解釈出来る。

 果たしてそれは正しい解釈なのか、それが分かる答えを二人のどちらかが言うまで待つ事にする。


「……そのとおりだよ」


 答えたのはキラだった。


「あたし、お兄ちゃんの事今でも好き……大好き。あの時はショックが大き過ぎて嫌な態度を取ったけどすぐに後悔した。でもあの態度が原因でお兄ちゃんに嫌われたかもしれないと思ったら怖くて……だからまた好きになって欲しくて色々な事をした。風呂場の前でばったり会った時、謝ろうとしたし、夕飯の時間になってもリビングに来ないお兄ちゃんを呼びにも行ったし、お兄ちゃんは気付いていないと思うけど料理を作ったりもした……」


 それを聞きながら俺は、ここ最近の事を思い出していた。

 風呂場の前でばったりキラと会った時、彼女が何かを言おうとしていた事。朝倉に逃げられたショックでふて寝しようとしたけど眠れなかった時、キラが部屋に来て、寝ていると思い込んだ彼女が俺のおでこにキスをした事。そしてカノンが作ったにしてはミスが目立つと思いながら食べた数々の料理と、その際俺が独り言で呟いた感想に何故かキラが反応していた事。それら諸々をだ。


「全部失敗だったけどお兄ちゃんが好きだから……だから……」


 キラの右目から涙が零れ、頬を伝い、顎から滴り落ちた。言葉だけじゃ伝え足りない俺への気持ちを伝えるように何度も、何度も何度も。

 そんなキラをカノンが後ろから抱き締める。そして――


「私も……私も昴さんが大好き。未だに体が受け付けようとしないけどそれは本当だよ。でないとこんな嘘は吐かなかった……」


 カノンの目からもキラと同じように涙が零れ、何度も顎から滴り落ちる。


「キラ……カノン……」


 俺の目からも涙が――という事になれば確実にハートフルになっていただろう。しかしやっぱり俺はお兄ちゃんなわけで、下唇を噛んで辛うじてそれに堪える。

 一度だけ鼻で深呼吸。そのおかげで感情の昂りが収まったので、俺はずっと言いたかった言葉を口にする事にした。


「仲直り、してくれるか……?」

「……うん!」「……はい!」


 こうして俺達は再び家族になるのであった。


 それから少しの間、三人で照れ笑いをした後、俺は――


「じゃ、帰ろっか!」


 と言って踵を返す。

 直後、二人が息を飲む声が聞こえた。


「……どうした?」


 右足を後ろに引き、回れ右をして二人を見ると、やはりと言うか鬼気迫る表情を浮かべていた。どちらも顔に血の気が無く、凍り付いているかのように微動だにせず、ただ一点、俺の背中を凝視している。

 直後、右の肩甲骨の下辺りに激痛が走った。気を抜いたら意識を持っていかれるような、そんな痛みを怪訝に思い、恐る恐る目をやる。


「……なっ!?」


 出刃包丁が半分ぐらい刺さっていた。しかもシャツの背中部分の殆どに血が染み渡っている。

 何?何で?どうして!?どうして俺の背中に包丁が!?てか一体いつ刺さっ――

 正門前で人の流れと格闘している時、背中に凄まじい衝撃が走った事を思い出す。

 あの時か!!でも一体、誰が、こんな……事……を……

 一瞬で目の前が真っ暗になる。直後、右半身が硬いものにぶつかった。多分、右に倒れたのだろう。でも平衡感覚が狂い始めているから定かではない。というか思考が急停止している最中の出来事だからすぐにどうでも良くなった。

 指一本すら動かせない……嗚呼……俺、死ぬのかな……

 妹達が俺を呼ぶ声が聞こえる。何か返したいところだが、その言葉を考える力も口を動かす力ももう残っていない。


「あ……さ倉……」


 そして俺は気を失うのであった。


※※※※※※


――1週間後――


 遥、キラ、カノンの三人は墓地を訪れていた。

 瓜生家の墓と彫られた墓石の前で横一列に並び、身を屈め、両手を併せてそれぞれ心の中で死者に語りかける。

 先にそれを終えたのはカノン、秒を待たずしてキラ、それから五秒ほどして遥。

 三人は立ち上がり互いの目を見てコクリと頷くと墓地を後にする。


「あれから一週間が経ったのね……」


 帰りのタクシーの中、助手席に座っていた遥は遠い目をして感慨深く呟く。


「そうですね……」

「うん……」


 相槌を打つカノンとキラ。そして暫しの沈黙が流れる。


「パルを恨んでる?」


 昴があんな目に遭ったのは遥のせいだ。だから普通は恨むところだが姉妹はゆっくりと首を横に振った。


「昴さんの自業自得ですから」

「うん、自業自得」

「……そう、ありがとう」


 再び沈黙。それが一分程続いたところで遥のスマホが着信を知らせる。

 膝に置いた鞄からスマホを取り出し、相手を確認する。


「……あっ」


 画面には【瓜生昴】という文字が映し出されていた。

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