第10話 好意忌避の理由
「そうね、それじゃあパルが他人から……ううん、好意自体を忌み嫌う切欠になった出来事から話そうかな」
「おう」
朝倉が先ず話したのは、自分の家族についてだった。
朝倉の両親は、彼女が幼い頃からとても仲が悪かった。いつもギスギスしていて口を開けば喧嘩、喧嘩、喧嘩。そんな事がほぼ毎日続いていたのだから、二人が破局するのは時間の問題だった。でも朝倉にとって二人は大事な家族。それ故に彼女は幼いながらも何とか二人の仲を修復させようとしていたらしい。
とある日、朝倉は父親と二人っきりの時に『仲良くしている二人が好き!だからお願い!お母さんと仲良くして!そしてお母さんが好きだった頃の事を思い出して!』と懇願した。父親は複雑な表情を浮かべながら考え込むと渋々という感じで『分かった』と答えたらしい。
その日のうちに、今度は母親と二人っきりになって父親に言ったのと同じような事を言った。すると母親も同じ感じで短く頷く。
朝倉はこれでやっと幸せな日々を過ごせると思った。
翌日、両親が家に帰って来なかった。連絡すらなかった。
二人は共働きをしている。もしかしたらお互い残業を食らったのかもしれない。元々、どちらかが帰って来れないなんて事は頻繁にあったからきっとそうなのだろう。しかしこんな事は初めてだ。それ故に不安な夜を過ごした。
その翌日も二人は帰って来なかった。朝倉は嫌な予感がしてならなかった。極度の空腹に堪えながらその日を過ごした。
また次の日の夜、テレビを見ていると玄関の鍵が開く音が聞こえた。朝倉はやっとどちらかが帰って来たと思い、出迎える事にした。しかしそこに居たのは見知らぬ女性。年齢は二十歳前後でとても若いその女性は、朝倉を見るや、目に涙を浮かべて『ごめんね、本当にごめんね』と謝ったらしい。朝倉にはその理由が分からなかった。
朝倉が理由を知ったのはそれから二日後の事。
何故か二連泊して朝倉の面倒を見ていた女性は、食事中、神妙な面持ちで言う。
『遥ちゃん、しっかり聞いてね』
話の切り出し方はそんな感じで、遠回しに話は始まったらしい。難しい話だから半分は理解出来なかった。でも最後だけははっきりと解った。
『だからね、遥ちゃん。あなたの両親は……互いに違う人を好きになって遥ちゃんを置いて姿を消しちゃったの……』
衝撃を受けた。絶望で目の前が真っ暗になった。二人にあんなお願いをしなければこんな事にならなかったはずだ。そう思い、自分を責め立てた。
「――それと同時に好意自体を忌み嫌うようになった……とまあ、切欠はそんな感じよ」
「……そっか」
「……そしてここからが他人からの好意を拒絶するようになった理由なんだけど――」
そして朝倉はあの不審者について話し始める。
あの不審者は最初はただの客だった。
朝倉は他の客と同じように彼の対応をしていたらしい。淡々と、真面目に、それでいて好意を向けられない程度の態度でだ。が、どうやら彼はそのスタイルを気に入ってしまったらしい。いつしか彼はしょっちゅう朝倉を口説くようになった。朝倉はやんわり断りながらも仕事を続けたとの事。
そして計画を立て、それを実行する事になったわけだが、男は朝倉にかまけて計画の実行はなあなあだったらしい。まあ、そうなると結果は見えているわけで、計画は失敗に終わる。
それと同時に男との関係も終わりとなる――はずだった。だが男は『失敗したのだからその慰謝料と賠償金を払え、それが出来ないなら俺と結婚しろ』と言って来た。
それに対し朝倉は【その責任は一切負わない】と書かれた契約書を男に見せて、それは不可能だ、と答えた。
男は『人の人生を破滅に追い込んでおいて無責任過ぎる』と激怒した。そしてその日から男は朝倉を付け回すようになった。それが約二週間ほど前からの事だ。
「そんな事があれば誰だって他人からの好意を拒絶するようになるとは思わない?」
困ったように苦笑しながら訊ねる朝倉。
「……あぁ、そうだな」
「まあ、つまりはそういう事よ。だからパルは誰からも好かれたくないの。というわけで、これからもパルを好きにならないでね?」
「…………」
その問いに俺は頷く事すらしなかった。
従えばこれまでの関係は続けられるだろう。でも俺は恋愛感情の有無はどうでも良いとして、朝倉と今以上に仲良くなりたいと思っている。だからこそ頷く事すらしなかった。
そんな俺を、希望にすがるかのような表情で見詰める朝倉。きっと彼女は俺なら分かってくれると信じているのだろう。そんな朝倉を惨めに思う。可哀想に思う。そして守りたいと思った。
「朝倉、お前が他人に好かれるのを嫌がっている理由は分かった。でもお前の願いに従う事は出来ない」
「なん、で……?」
「それは今は言えない。でも必ず話す」
「いつ……?」
「この件が解決してからだ」
「解決してからって……やっぱり首を突っ込むつもりなんだね……」
悲しげな表情を浮かべて視線を逸らす朝倉。
「あぁ、お前が嫌だと言っても突っ込ませてもらう」
「…………」
「朝倉、俺はお前を守りたい。守らせてくれ」
「……駄目と言ってもそうするつもりなんでしょ?」
「無論だ」
コクリと頷いてそう答える。
「……一つ、聞かせて」
「何だ?」
「どうして……パルを守りたいの?」
どうしてだって?そんなの決まってる。
「俺にとってお前はかけがえのない存在だ。だからだよ」
直後、無性に照れ臭くなり右頬を右手人差し指でポリポリと引っ掻く。
「瓜生君……」
「ま、まあ、そう言う事だな!うん!だから一発で良いからさせてくれ!」
照れ隠しの為、笑顔で要らない一言を付け足す。
「……バカ!」
「あべしっ!?」
顔面にグーが飛んで来ました。でもかなり手加減してくれたらしく、そこまで痛みは感じなかった。
「でもありがとう。やっぱり瓜生君は優しいね」
「そうでもねえよ。俺はただ当たり前の事をしようといているだけだ」
「……だよね。うん、きっとパルは瓜生君のそういう所を……」
「ん、何だって?」
「な、何でも無いわよ!バカ!変態!」
何故か布団に潜り込んで罵声を浴びせる朝倉。その謎行動に首を傾げていると、朝倉がちょこっとだけ顔を出した。そして言う。
「それで、どうするの?」
「どうする……それはもしや一発するのかしないのかを訊いてるのか?」
もしそうなら俺は【一発する】を選択させてもらう。
「もぎ取るわよ」
「何を!?」
「ナニを」
「怖ぇよ!!」
正座の状態で後ろに飛び跳ね、ベッドから降りると、両手で股間を隠す。
「……冗談よ」
そうは言うが、朝倉の視線は俺の股間を向いている。両手を退かしたら朝倉の手が伸びて来て俺のナニを本当にもぎ取るかもしれない。そんな強い危機感に襲われる。
「てかいい加減服着たら?恥ずかしくないの?」
「あー、はいはい。そうしますよ!着れば良いんでしょ!着・れ・ば!」
「何キレてるの?」
キレてねえよ!ただ本当にさせてくれないから怒ってるだけだよ!
口にするとドン引きされそうなので心の中で言い返す。そしてベッド脇の床に畳んで置かれた服を見付けたので、それを広げてシャツ、パンツ、ズボンという順番で着る。風呂場やトイレでではなくその場で着る理由は勿論当て付けだ。朝倉に恥ずかしがらせる為である。しかし彼女がそうなる事はなかった。寧ろ俺の股間を凝視しまくっていて、恥辱をくらったのは俺の方であった。
「それで『どうするの?』とはどういう事だ?」
「どう首を突っ込んでくれるの?って事よ」
「あー、そういう事か」
俺が鈍感過ぎたのか、その台詞を聞いて朝倉は長いため息を吐いた。
「どうするわけ?言っとくけど警察沙汰になるのだけは嫌よ」
「は?何で?」
「もしこの事が他の客に知れたら信用を失うからよ」
信用を失う。そうなると当然客が減る。つまり朝倉は――
「――そのせいで生活が出来なくなるのだけは避けたい……と言いたいわけか」
ずばりそうだったようで、朝倉はコクコクと首を縦に振った。
「でもなあ、他に方法は無いと思うぞ?それに昨日殺されかけたんだ。次は無いと思うのだが?」
「それは分かってる。でも絶対に嫌!」
何でそこまで頑なんだよ。生活が出来なくなるのは辛いが、それでも生きる道を取りたいとは思わないのかコイツは…………いや、待て。コイツの言い方おかしくねえか?何がおかしいかって、それは、朝倉は先程話した叔母と暮らしているはずなのに生活が出来なくなると言っている事だ。これじゃあまるで収入源は朝倉で、その叔母は働いてないみたいじゃないか……よし、聞いてみるか。
「朝倉、お前の叔母は今何をしているんだ?働いてないのか?」
「……知らない」
「……は?一緒に暮らしているんだろ?それなら――」
「もう暮らしてない」
「……どうして?」
「高校に上がってすぐ喧嘩別れした」
「…………」
何じゃそりゃあ!!
心の中で全力の突っ込みを入れる。そして咳払いして場を仕切り直す。
「なら謝罪して養ってもらえ。連絡先ぐらいは知ってるんだろ?」
「うん……でも今更元には戻れない」
「何で?」
「どの面下げてお願いすれば良いのよ」
知るか!てかお前の命が掛かってるって事ちゃんと理解してるのか!?と、言いたいところだがそうすると喧嘩になりそうだな……だったら――
「俺も一緒にお願いする!それならどうだ?」
「…………」
ジーっと俺の目を見る朝倉。何を考えているのかは分からないが良い方向に決断してくれる事を願って俺も朝倉の目を見詰める。それが数秒続いたところで朝倉は布団に顔を埋めて訊ねる。
「……本当?」
「あぁ、約束する」
そう言って俺はベッドに腰掛け、畳み掛けるようにこう続ける事にした。
「だから明日交番に行って相談しよう。そしてとっとと問題を解決させて叔母さんと仲直りするんだ。分かったな?」
「……嫌」
「…………」
えー、今更になってそれですか?そこは普通『うん!分かった!』でしょ?違いますぅ?
そう思っていると、朝倉が布団から顔を出した。
「ごめんなさい、嘘です。分かりました。だから――」
そして安堵の笑みを浮かべながら言う。
「――言ったからには責任取ってくださいね!」
責任って……言い方が重いな……でも――
「俺に任せろ!絶対にお前を幸せにしてやる!」
ドンと胸を叩いてこちらも重い台詞で答える。
「……はい!」
気恥ずかしそうにエヘヘッ!と笑う朝倉。そんな彼女を見て俺もニカッと笑う。
「じゃ、明日に備えてもう寝ましょう」
「おう!そうするか!」
そう言って布団に潜り込もうとしたら――
「ていっ!!」
「はうっ!?」
蹴り出されてしまった。
「……何をする?」
「それはこっちの台詞。何で同じ布団で寝ようとしてるわけ?」
「いや、さっきまでそうだったから良いんだろうな、と思って」
「……変態」
「えー、別に良いじゃんかよー」
「ダーメッ!」
朝倉はベェ!と舌を出した。その矛盾した行動に軽い憤りを覚えるが、ここで怒ってしまっては雰囲気が台無しになりそうなので、ため息を吐く事でそれを解消させ、床に仰向けになる。そして目を閉じ、そのままふて寝する事にした。
「……ねぇ」
「……何だ?」
「そんな所で寝たら風邪引いちゃうよ?」
「ならどこで寝れば良いんだよ」
「……布団」
「でも駄目なんだろ?」
「……何もしないなら良いよ」
「言ったな?」
「……うん」
目を開け、体を起こす。そしてベッドまで行くと、布団を鼻の位置まで被った朝倉と目が合った。
「じ、じゃあお邪魔します……」
目を合わせたままベッドに上がる。すると朝倉は俺の居る反対側に動いてスペースを作ってくれた。
布団を捲る。朝倉が俺に攻撃してくる気配は今のところない。
朝倉の隣で横になる。それでも朝倉は何もして来ない。
布団を被り、朝倉に背を向ける。
「ほ、本当に何もしないでよ?」
「しねえよ。てかさっきまでキスさせようとしていたヤツが何を言っているんだよ」
「うう、うっさい!さっきはさっき!今は今よ!」
「はいはい、おやすみおやすみー」
「ちょっと!スルーしないでよ!」
焦りと怒りの入り交じった朝倉の声を聞き流しつつ、俺は眠りに就くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます