第6話 スケジュール

 キモがられるまで褒める。つまりそれは嫌悪感を覚えさせるという事だ。それをして一体何の得になる?意図が全く読めない。もしかして朝倉は俺の悩みを勘違いしているのか?もしそうなら今すぐ訂正してもらわねば……でないと時間の無駄になるし仲直りも出来ない。


 そう思いながら次のページを捲ると――


「……何だ、ちゃんと解説があるじゃないか」


 その解説に目を通す。


【これはあくまで仲直りする為には必要な過程で、ちゃんと挽回出来ますし、その為のスケジュールも組まれています。詳細は次頁にてご確認ください】


「次の……」


 ページを捲る。すると詳細が書かれた文章を見付けた。


【前頁のスケジュール【キモがられるまで褒める】について。

この方法は恋の駆け引きでも使われるのですが仲直りするには最適な方法です。例えばの話をしますが、もしあなたが妹二人に気持ち悪いぐらい褒められたとします。嫌悪感を覚えて二人から逃げました。その日はそれだけだったけど翌日も同じ事がありました。きっとあなたはもう二人とは会話したくないと思うでしょう。ですがその反面嬉しいはずです。そしてもっと褒めて欲しくなる――つまりこの作戦では妹をその感情に芽生えさせます。それからについては後々の頁を捲れば分かりますがそれはお止めください。計画に支障が出ます。以上】


 ふむ、なるほどなるほど。考えは何となく分かった。それからの事が気になりはするが指示に従う事としよう。だが二人をどうやって褒める?俺、アイツらを褒めるのに慣れてないのだが……いや、考えている暇はない。とにかく行動あるのみだ。


 資料をベッドに置いて再びリビングへ。


「……ん?」


 扉を開けた瞬間、ソファーに座っているキラとカノンを発見した。二人は何故か嬉々とした笑みを浮かべている。が、俺と目が合うと、しまった!と言わんばかりの表情を浮かべて同じタイミングでテレビに目を向ける。


 何してたんだコイツらは……まあ、良い。そんな事より……


 計画を実行すべく二人の方へ行き、ソファーには座らず、何食わぬ顔でテレビに目を向ける。そして――


「い、いやぁー、俺は幸せ者だなぁー、こんな可愛い妹が二人も居るんだからなぁー……」

「「…………」」


 無反応。全く以て無反応。


 なんて悲しいんだ。俺ってそこまで嫌われてるん?もしくはあからさま過ぎたとか?いや、負けてはいけない!


「そ、そう言えばカノン!今日も美味しいご飯ありがとな!」

「…………」

「キラは毎日可愛いから癒される!」

「…………」


 一切テレビから目を離さずに完全なる無視。これほど傷付く事はない。だがここで負けてはいけない。せっかく朝倉が考えてくれた計画が破綻してしまうからだ。


「いやぁー、二人と結婚出来る人は幸せだろうなぁー……」

「「…………」」

「あのー、お二人さん?無視しないで欲しいんですけどー……」

「「…………」」

「…………」


 あー、これはあれだ。聞く耳持たぬってヤツだ。俺、完全に嫌われてる。これでキモがられるまで褒めるって……意味あるのか?キモがられる以前の話だぞ?


 と、思っていたら――


「キモいから消えて」


 キラに拒絶の言葉を投げ付けられた。しかも今やお馴染みとも言える虫けらを見るような嫌悪感剥き出しの目でだ。


 さすがに慣れては来たがこれはキツいな……でも!!


「いいや、俺は二人を褒めるのを止めない!キモがられるまで止めないからな!」


 うわぁー、何言ってんの俺?本当にキモいんですけど。


 心底自分にドン引く。


 きっと二人も引いてるんだろうなぁ……


 そしてキモがってもいるだろう、と判断し、俺は部屋へ戻る事に決める。

 踵を返してリビングを出る。そしてリビングの扉を閉めた直後、中からカノンの「ちょっと!あんた何て事言ってるのよ!」という小さな叱声。それに僅かな違和感を覚える。だが俺はそのまま部屋へ戻るのであった。





 で、戻ったら戻ったで取り敢えずその報告メールを朝倉のケータイに送る。その返信が来るのを待つ事十分。やっとスマホに返信の電話が来たと思ったら――


『はーい、アへ顔先生!今夜も話を聞かせてもらいますよー!』


 その電話は正義先生からだった。


 うわぁー、最悪過ぎる……


 そんな事を考えながらもいつものように詳細を話し始める。


「~~というわけなんですよ」


 そして粗方の事を話し終え、何か質問はないですか?、と訊ねようとしたところで正義先生は口を開く。


『君はそれで良いのかい?』

「それ、とは?」

『人生プランナーとの事だよ』

「……は?」

『いや、だってそうだろう?彼女は何かを恐れている。それを知っていながら君はそのままにするつもりなのかい?』

「…………」


 それは無理だ。でも朝倉に拒絶されたんだ。何か出来るわけがない。


『どうにかしてやりたいが何も出来ない……という状態に陥ってはいないかい?』

「……その通りです」

『なら行動しなきゃ』

「…………」


 正義先生の言葉は正しいのかもしれない。でもそれでも朝倉に嫌われたなんて事にはなりたくない。それを考えるとどうしても行動する気力が湧かない。

 そんな俺の気持ちを読んでか正義先生はこう訊ねる。


『君は人生プランナーの彼女に嫌われるのが怖いんだね?』

「……はい」


 気弱な声で答える。


『でもね、それでもし取り返しの付かない事になったらどうするつもりなんだい?』

「取り返しの付かない事……?」

『そう、例えば、死別してもう会えなくなったとしたら?』

「それは嫌です!!」

『なら頑張らないとだね!』

「うっ……」


 頑張らないとだね、って……何をどう頑張れば良いんだよ……


 そうウジウジ思っていると、正義先生はまた読んだらしく――


『まずは彼女を尾行してみるというのはどうだろうか?』


 と真剣な声で提案する。


「それじゃあストーカーじゃないですか。もしバレたら嫌われますって」


 直後、受話器越しに長いため息が聞こえる。


『それを承知でやるのが我がアへ顔先生だと思うのだが?』


 何時あんたのものになったんだよ……でもそうだよな。それを承知でやるのが俺……いや、男だ!


「……分かりました、分かりましたよ。やれば良いんでしょ!」

『さっすがアへ顔先生!愛してるよー!』

「あー、はいはい。お断りしますー」


 すると正義先生は『なぁーっはっはっはっはっ!!』と豪快に笑った。


『というわけで、我輩はこれから仕事を始める!おやすみぃ!』


 ツーツーツーと終話音が流れる。

 終話アイコンをタップして、スマホを枕元に置き、長いため息を吐いた後、部屋の明かりを消す。そしてベッドに飛び込むと仰向けになって布団を被り、目を閉じる。


 いつもちゃらんぽらんな人に背中を押されるのは変な気分だ。でも悪くはない。それにおかげで元気が出た。だから明日は頑張ろう。


 そう決心して俺は眠りに就くのであった。


※※※※※※


 目を覚ますと、すぐに本日分の計画書に目を通す。

 今朝やる事は昨日と引き続き二人を褒めまくる事だった。なので洗顔とトイレを済ませ、リビングへ行き、自席へ就くと早速それを実践する。


「いやぁー、カノンのご飯は今日も美味しいなぁー!」


 因みに本日の朝食はパサパサした炊き上がりのご飯と味付けの濃いワカメの味噌汁と極端に焦げた目玉焼き&ベーコンと市販のポテトサラダだ。お世辞にも美味しいとは言えないが取り敢えず褒めておく。


「……ん?」


 キラが頬をほんのり赤く染めて俯いている。もしかして風邪でも引いたのだろうか。もしそうなら大変だ。なので正面左に座るキラの額に左手を付けて体温を確認してみる。


「……っ!!」

「あだっ!?」


 触れた瞬間、テーブル下で左脛を蹴られた。


「~~~~!!」


 慌てて左足を椅子の上に置き、両手で患部を押さえ、ピクピクと痙攣しつつも痛みに堪える。


「……き……キラさん……ご、ご乱心ですか……?」

「うっさい、てか触るなキモい」


 ヒドス!でも負けるわけには……いかない!!


 キラの右手を左手で掴み、そのまま両手で包む。そして――


「今日も可愛い……結婚しよう!」


 あっ、これは褒めるというより口説くだ……


「と、言いたいところだが……ん?」


 キラが更に顔を真っ赤にしている事に気付く。その目からはうっすらと出ている涙。一体どうして涙しているのだろうか。

 その理由を訊ねるべく口を開こうとしたら左手でその口を塞がれた。

 そしてその行動に疑問を持った俺が首を傾げた瞬間、キラは手を放し、俺の眼球に人差し指と中指を突き刺す。


「う、ぎゃあああああ!!」


 鯱の如く仰け反りながら絶叫し、両手で目を押さえる。


 痛い痛い痛い!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!


「があああああああ!!」


 涙を流しながら狂ったように何度もヘッドバンキング。


 これマズいって!絶対失明したって!!


「はあ、はあ、はあ……」


 そしてやっと痛みが治まるとキラを睨む。


「何をしゅゆっ!?」

「……フン」


 非常に不機嫌そうに眉間に皺を寄せながらそっぽを向いて食事再開。そんなキラを見て苦笑した後、俺も食事を再開する。

 ベーコンを箸で掴んで口に入れて咀嚼する。ガリガリボリボリと非常に硬い音が鳴る。それに苦い。まるで炭を齧っているかのようだ。

 ウインナーを食べてみる。こちらも硬い。同じく炭だ。


 最近、料理の質が落ちてるな……もしかしてスランプなのか?


 そんな事を考えながらカノンを見ると、平然とした顔で炭料理を食べていた。


「…………」


 何で普通に食えるんだよ……いや、自分で作ったんだから当然か。てか……


 キラを見る。


「……はむ……はむ……はむ」


 コイツも普通に食べてるし……もしかしてこの料理に疑問を持ってるのは俺だけなのか……?


「うーん……」


 きっと俺だけなんだろうなあ……それなら普通に食べるか。


 そして俺はこの奇妙な料理を完食するのであった。


※※※※※※


 昼休みになったところで、朝倉に会うべく彼女の教室へ赴き、登校しているかの確認。だが彼女はまだ登校していなかった。同級生の話によると今日は風邪で休みらしい。その話を聞いて俺は一昨日の夜を思い出した。あの、朝倉が怯えた様子で震えていたあの夜をだ。

 そのせいで俺は嫌な予感がして仕方がなくなった。なので俺は早退して朝倉の家に行く事にした。因みに住所は彼女の担任から聞いた。

 それから少しだけ道に迷いつつ辿り着いたのは高層マンションだった。大体二十階建てぐらいだろうか?かなり高い。それにセキュリティもなかなかのもので、敷地入り口前には守衛が二人、建物の入り口前にも二人いる。内部はとても清潔にされていて、塵一つ落ちていない。壁も真っ白だし、床に至ってはピカピカだ。


「月二十万は行くんじゃないかこれ……一括だと……十億か?」


 朝倉の部屋へ続く廊下を歩きながらそんな事を呟く。

 大窓を発見したので、そこから外を見てみる。


「うっ……」


 ここは八階だがそれでもかなり高く感じる。不覚にも足がすくみそうになるぐらいだ。

 あまりの高さに軽い立ちくらみを覚え、慌てて大窓から離れる。


 落ちたら死ぬな……


 当然の事を当然の如く思う。

 そして再び朝倉の部屋を探すべく廊下の先へ目をやると――


「……おっ」


 ついに見付けた。

 覗き穴の付いた黒い扉、右側にはインターホンとカメラがあり、扉の上には【802】の番号と【朝倉】の金属表札が付けられている。


「すぅー、はぁー……よし!」


 一度の深呼吸の後、気合いを入れてインターホンを鳴らす。

 三秒、五秒、十秒……反応無し。


 もしかして留守なのか……?


 二十秒、三十秒、四十秒……反応無し。

 もう一度インターホンを押してみる。

 それから一分経っても返答が無いので、踵を返し、今度は朝倉の名刺に書かれている仕事場の住所へ向かう事にし、マンションの敷地を出る。


「っ!?」


 するとどこからか鋭い殺気が飛んできた。まるで刃物で刺されるような、そんな凶器に満ちた殺気だ。

 辺りを見回し、殺気を飛ばした犯人を捜す。そして背後にその相手を見付けると、俺は微動だにすら出来なくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る