第4話 異変
※※※※※※
本当は正義先生が払うべきだった料金を支払い、俺はトボトボと帰路へ就いた。それから家に到着するとそのまま自分の部屋へと行き、仕事を開始する。
いくらこの仕事のせいでややこしい事になっていたとしても、俺達が食っていくにはやはり同人誌を描くしかないので、ここは気が進まなくても我慢。ただひたすらパソコンで絵を描き続ける。そうしていると自然と時間が過ぎ、気付けば時刻は夜の八時になっていた。
「今日はここまでかな……」
大体三時間で一ページちょい。これは俺のいつものペースだ。
思いの外進んだ事に嬉々とする。だがキラとカノンに嫌われた事を思い出し、背中を丸くして落ち込む。
「嗚呼、どうしよう……朝倉は明日まで待てって行っていたけど、本当にそんな短時間で計画を立てる事が出来るのか?いや、でも本人がそう言っていたんだから出来るんだろうなあ……けどもし出来ていなかったらどうしよう……うーん……」
が、方法が浮かぶはずもなく、大きなため息を吐いて考えるのを諦める。そして立ち上がって身を翻し、部屋を出て、ご飯を食べるべくリビングへ。
「……ん?」
リビングへの扉を開けると、テレビ前のソファーに寝そべってスマホを弄るキラが目に映った。
そのキラの後ろを通ってテーブルへ行く。
テーブルの上にラップに包まれた大皿が置かれていた。皿の上には白米、キャベツの千切り、チキンカツが乗っている。
皿を持ってレンジの前へ行き、カノンが作ってくれたものを温める。
温め終わると自席へ。
「いただきます」
まず、白米を口に入れる。
「……ふぁ?」
芯が残っていてあまり美味しくない。
次にキャベツの千切りを箸で摘まんで持ち上げる。
「……へ?」
ちゃんと切られていない。
「…………あむ」
気にせず口へ入れ、今度はチキンカツを摘まんで持ち上げる。
「…………」
これまたちゃんと切られていなかった。
カノンが作ったにしては珍しくミスが目立つな……もしかして『どうせお兄ちゃんのだから雑でも良いよね!』とか思いながら料理をしたとかだろうか……もしそうなら酷いな。でもまあ、作ってもらえるだけありがたいか。それに雑ではあるが――
「――美味しい」
直後、キラの方から大きな物音が聞こえる。
何事かと彼女の方を見ると、床にスマホが落ちていた。もしかしたら手を滑らせて落としてしまったのかもしれない。
「大丈夫か?」
「うっさい!」
こちらを見ずに罵声を浴びせると、キラはスマホを拾って再びそれを弄り始めた。
えー……それ、酷くね?兄に対して辛辣過ぎね?ねえ?ねえ!?
と、心の中で訊ねて食事再開。
そして黙々と食べ続け、完食すると皿を流しに片付けて部屋へ戻りベッドにダイブ。
「ふぃー……」
うつ伏せから仰向けに体勢を変え、作業机の上に置かれたスマホを右手に取り、電話やメールが来ていないかを確認する。
「来てないか……でもそろそろヤツから連絡が来そうだな……」
ヤツとは勿論正義先生の事である。昨日、ヤツから電話が来たのは大体この時間帯だった。だからもしかしたらそろそろ連絡が来るかもしれない。
癪だがそれに備えて情報を脳内で整理しておくか……
そう思った所でスマホがバイブと軽快な音楽で着信を知らせる。
相手を確認するべく画面を見ると――
「……ん?」
そこには知らない番号が映し出されていた。【090】から始まるからケータイからであるのは分かるが、それ以外は不明。見た事も聞いた事も無い。
誰だ……?もしかして間違い電話とかか?もしそうならここは無視しておいた方が……
考えてる間もスマホはけたたましく着信を知らせ続ける。
「…………もしもし?」
仕方なく電話に出る事にした。
『こちらは瓜生昴様のケータイでしょうか?』
……ん?この声どこかで……
幼い少女のような高い声。この声は今朝聞いたような気がする。しかもかなり近くでだ。
どこでだったか……
今朝起きてから昼になるまでの事を順に思い出してゆく。そして学校で朝倉と話した所まで思い出すと、声の正体が彼女である事を理解する。
「そういうあなたは朝倉のパルパルさんですか?」
『そうそう、パルパルさん……じゃねえよ!いや、そうだけど!でもそこは『遥さんですか?』でしょうが!!』
ナイス、ノリツッコミ。さすがパルパルさんだ。今夜も全力でパルパルってる……と、そんな事はどうでも良い。それより――
「どうして俺のアドレスを知っているんだ?」
『知人から聞いた』
「知人……?」
『それは聞かないで。それよりこの番号はパルのだからちゃんと登録しておきなさいよね!』
「お、おう……それで何の用だ?もしかしてもう計画立てたのか?」
もしそうなら何て作業が早いヤツなんだ。マジで尊敬するわ。
『いんや、それはまだよ』
「ならどうして?」
『それは……』
ここで朝倉はゴニョゴニョと何かを言い始める。受話器越しに聞こえる車の通過する音や工事の音のせいってのもあるのだろうが全く聞き取れない。それが煩わしくて若干イライラし始めて来たところで――
『そ、そんな事より今から会えない?というかお願いだからパルの指定する場所に今すぐ来て!でないと大変な事になりそうなの!』
「大変な事?」
『○○区のボンボヤージってファミレスよ!よろしくね!絶対よ?』
そう言って朝倉は勝手に通話を切りやがった。ツー、ツー、という音だけが受話器から流れる。
「……マジっすか。でも――」
――嫌な予感がする…………ならここは行くしかない、か。
はあ、と息を吐いて急ぎ着替えを済ませると、早々に家を出て夜道を小走りで駆ける。幸い、朝倉が指定したファミレスは家から近い。それに行き慣れているから五分もあれば到着するだろう。
それにしても、どうして朝倉はそんな所に俺を呼び出したのだろうか?いくら考えても理由が思い付かないのだが……それに一聞すると身勝手な呼び出しだったが、僅かに声が震えていたような気がする。その原因は何だ……?いや、余計な事は考えないでおこう。とにかく今は急いであの店に向かうんだ。
※※※※※※
長距離走を終えたばかりの今の俺は、盛大に息を切らしている。そんな状態で入店すれば客や店員に警戒されるのは当然の事、最悪警察を呼ばれる。そうなると非常に面倒だ。はっきり言って時間の無駄である。それを防ぐ為、俺はボンボヤージの入口前で胸に右手を添えて深呼吸をしていた。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー……よし!」
ある程度息が整ったので扉を開けるべくノブに右手を伸ばす。すると――
「うおっ」
ノブを掴む前に扉が開き、そこから朝倉が出て来た。
「遅い」
短く言った朝倉の声は電話の時同様震えていた。よく見ると体も小刻みに震えている。
これは寒いのからなのか?それとも本当に俺の予感が的中して……
「……ごめん」
どうやら俺は臆病な性格をしているらしい。身震いの原因を訊ねるつもりが謝罪の言葉を口にしてしまった。そんな自分が情けなくて顔面をグーで殴りたくなる。だがそれでは朝倉を心配させるだけなので、目を瞑り、鼻から長く息を吐く事で心を落ち着けて再び目を開ける。そして意を決し――
「それで、何があったんだ?」
質問の言葉を口にする。
「…………っ」
事柄を思い出したのか自らを抱いて大きく震え始める朝倉。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
ここで気の利いた台詞でも言えれば良いのだが残念な事に何も出てこない。そんな自分に絶望を覚え、思考が停止した。そしてその状態が何秒か続いたところで左脛に猛烈な痛みを覚えて意識を取り戻す。
「……いっってぇぇぇ!!」
あまりの痛みに慌ててしゃがみ込み、両手で左脛を押さえる。
死ぬ!これは死ぬ!絶対折れただろ!!でないとこんなに痛みを感じる事はない!!くっそぉー、誰だよ俺の脛を痛め付けたヤツは……って、朝倉しかいないか!
朝倉を睨むべく、辺りを見回し、それらしき両足を見付けると顔を上げる。が、睨む事どころか顔を見る事すら出来なかった。何故か?それは頭に片手を置かれて髪を撫でられたからだ。そのせいで朝倉の胸の位置までしか視線を上げられない。
「これで許しなさい……いえ、許してください……」
「…………」
何故か言い直す朝倉。しかも初めて敬語を遣いやがった。もしかして気が弱っているのだろうか。
朝倉遥は非常に我が儘で常に上から目線である。それが学園の生徒達が抱いている朝倉に対しての印象だ。実際、今まで俺が見てきた朝倉は全てそんな感じで、まるで女王様のようだった。そんな彼女が初めて俺の目の前で敬語を遣った。しかもこの平凡以下の存在である俺にだ。これは異常事態である。
「げ、元気ですかー……?」
こちらも敬語。すると上方から朝倉が微笑か苦笑をする声が聞こえた。
「どこの元レスラーよ」
そして朝倉は俺の頭にポンポンと手を置くと、それを退かして顔を見せる。その顔は苦笑ではなく微笑だった。
良かった、少しだけど元気になったようだ。
ホッと安堵し、立ち上がって朝倉の目をジッと見る。
「非常に気になるが無理に聞き出すつもりはない。気が向いたら話してくれれば良い」
「……分かった。考えておく」
「おうよ!」
そう言ってニカッと笑うと、俺は朝倉の左に立つ。
「気分転換にカラオケでも行くか?全力で付き合うぞ」
「ばーか、もう遅いから補導されるっての」
「ですよねー」
現在時刻は大体夜の九時を回った辺りだ。早く家に帰らないと本当に補導されてしまう。それを承知で言ったわけだが案の定、断られた。
「てか朝倉って意外と真面目なんだな。何となくヤンキー入ってると思っていたから少しだけビックリした」
「それは勘違いよ。パル程真面目な人間はいないわ」
「へぇー」
嘘吐け。
「今、嘘吐け、とか思ったでしょ?」
「いえ、そんな事は思ってませんよ、はい、思ってません」
「うわっ、わっかりやすい」
「うるせっ、じゃあお前の家に行くぞ」
「入れないわよ」
警戒心丸出しで俺から二メートル程距離を置く朝倉。
「ばーか、ただ送るだけだっての」
そう言って一メートルまで距離を詰める。
「もしかして……瓜生君って同性愛者?」
「何故そうなる!?」
バカなのか!?アホなのか!?たわけなのか!?
「いやだって、この状況でその台詞を言うなんてそうとしか思えないから。それに、はっきり言ってパルは絶世の美少女よ?そんな娘の家に行こうとしているのだから普通は中に入る事を考えるでしょ?それなのにただ送るだけって……やっぱり同性愛者?」
「違いますー!恋愛対象はちゃんと異性ですぅー!それに……いや、何でもない」
危うく俺は口走る所だった。何をか?それは朝倉に恋をしていた時期がある事をだ。理由は定かではないが、小学の頃、俺は朝倉が好きだった。会話をした事は一度もない。けど確かに俺は朝倉に恋していたのだ。
そんな過去があっただなんて知れたら一体どうなる事か。想像しただけで羞恥心を覚え、体温が急上昇する。だから寸でのところで言わずに済んで心底安堵する。が、当然朝倉が聞き流すわけもなく――
「それに何?」
即座に追求が始まった。
「何でも無いです」
「あっ、もしかしてパルが好きなの?もしくは過去形とか?」
何この娘、感鋭くない?恐怖を感じるんだけど……いや、そんな事より何とか誤魔化さねば!
「お、おいおい、この娘はどれだけ自信過剰なのやら。恐ろしや、恐ろしやー」
何言ってんの俺?思いっきり挙動不審なんですけど。バカなの?死ぬの?
あまりの対応力の無さに呆れ果てていると、朝倉が俺の正面まで来て、立ち止まり、身を翻してジィーッとこちらの目を見詰めた。
「な、何だよ……?」
「…………」
まだ見詰める。
「ちょっ、何か言ってくれ」
「…………」
まだまだ見詰める。
「マジやめて、本当に怖いから」
そして狼狽えた俺が一歩退いたところで徐にクスリと笑うと踵を返して歩みを再開する。
「まあ、不問にしといてあげるわ。瓜生君に好かれても全然嬉しくないし」
えっ?何それ酷くね?
「だから……今朝も言ったけど――」
そこまで言うと朝倉は腰を左に捻ってこちらを見る。
「――絶対に私を好きにならないでよね!」
そして彼女は妖艶に笑うのであった。その笑みに不覚にも胸がときめいたのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます