第21話

「まさか、大樹が……」


 宰相ステファンの話を聞き終わり、最初に発言したのはタトルだった。


「ははは。これでわかったでしょう」


 呆然としている彼に高笑いを向けるのはステファンだ。やはり正常ではないとかし思えない態度で、セインは憐憫の思いをいだく。

 第一後継者、王子として城で生活したのはわずか。

 けれども復讐への気持ちが萎えるほど、心地よかったのは確かだ。

 彼の仇であり、両親を死に追いやったトールとジョセフィーヌ。

 けれども、トールが自害を計ったという話を聞き、セインの気持ちは何とも形容しがたい想いに駆られていた。トールの瞳は己と同じ、父を同じ琥珀色。血のつながりを感じずにはいられない。

 それが、リグレージュ、ジョセフィーヌの願いのために命を散らした。

 彼女の願い、人と魔の国の王を無くし、一人の王、セインを王として世界統一を目指す。彼にとっては途方もない夢にしか思えなかった。

 そんなもののためにトールは死を選び、ステファンは主を失った。

 彼が正気を失いそうになるのも理解できて、苦い気持ちが込み上げてくる。


「大丈夫です。ザイネル陛下が負けるわけがないのです」

「そうだ。ザイネル陛下は最強だ!」


 笑い続けるステファンに、ラギルとバイゼルが噛みつく勢いで反論する。


 ーー世界統一など、なんで。そんなこと誰も望んでいない。確かに争いはないほうがいい。でも、魔の国も、人の国も統一なんて望んでいないはずだ。価値観が違う。争いはなくならない。ザイネルが死ねば、新たな王が立つだろう。それをも、ジョセフィーヌは殺すつもりなのか?きりがない。僕が王になったところで何が変わるんだ。人の国は納得するだろう。僕は王家の血を引いている。だけど、魔の国は納得しない。


「あなたの妃にはケリルという魔族を迎える予定です。これで魔の国も納得するでしょう」


 セインの考えを呼んだように、ステファンがそう付け加えた。


「ケリル?……メルヒのことか?」


 --メルヒ……。


 ふと彼女のことを忘れていたことを思い出して、少しだけ悔やむ。

 メルヒの姿と共に、ある記憶が蘇ってくる。


「セイン?」


 急に一点をみつめ動かなくなった彼にラギルは声をかけた。


「思い出した。リグレージュ様の夢。どうして戦争が起きたのか。彼女が何をしたか」

「セイン?」


 ――ヴァンの一族は滅ぼされてしまった。リグレージュ様によって。だから彼の復讐は人の国の王ではなく、リグレージュ様、大樹に対してだった。


 人の国の王を殺したため、リグレージュに滅ぼされた一つ目の一族。苦しんでいく様子を思い出して、セインは目を閉じた。


 ――僕は何をすればいい?世界統一?そんなものは必要なのか?だけど、戦争はとめなければ。多くの犠牲が出る。


 「僕は王になる。そして戦争を止める」

「セイン?どうしたの?メルヒをお嫁さんに迎えられるから急にやる気になったのですか?」

「そうなのか?」

「ち、違う!」


 ラギルとバイゼルから場違いな茶々を入れられて、セインは怒鳴り返す。


「僕はリグレージュ様の夢を思い出した。この世界が生まれたわけ、戦争が起きたわけ。人も魔族も同じだ。ただリグレージュ様が誤っただけ。人は魔族の一部。魔族という言い方も間違っている。僕たちはリグレージュ様の子孫。争う必要なんてないんだ」

「おいおい、セイン!」

「どうしたんだ?」


 バイゼルが焦り、タトルが冷静さを取り戻して聞いてくる。


 セインは忘れていたリグレージュの夢を思い出して、自身のすべきことを考える。


「僕は王になる。そして戦争を止めるんだ」

「人の国の王だよな?」

「もちろんだよ。統一なんて必要ない。リグレージュ様は統一を願った。けれども、人と魔族は別々に生きてきたんだ。今更、一つなんて無理だ。だけど、僕は人の国を変えていこうと思ってる」

「今更なにを!トール陛下はそれを願っていた。だがあなたは!今更何を言うのです!」


 それまで黙っていたステファンだが、セインの宣言に対して気が狂ったように叫ぶ。


「ステファン。それに対して僕は謝らない。僕は人の国が嫌いだ。トールもジョセフィーヌも。僕の両親を殺した人も。だから、謝らない。だけど、フェンデルやアルビスは好きだ。村や街に入って歓迎された時、正直嬉しかった。人の事を少しだけ好きになったよ。あんたからしたら、僕はとんでない王になるだろう。けれども、戦争など起こさない国にする」

「今さら、今更、遅い!王になるというならば、世界の王になりなさい。トール陛下が望んだ。ジョセフィーヌ様、大樹(リグレージュ様)がしようとしている」


 ステファンは仇を見るようにセインを睨んでいた。その叫びは血を吐くようなもので、彼の恨みが込められている。


「それはできない。世界を統一する必要なんてないんだから」

「そうですよ。人は人、魔族は魔族でこれからも暮らしていけばいいのです。もちろん、たまには人の国のお菓子を食べたりできればいいのですけど」

「おいおい、お菓子かよ!」

「バイゼルもお酒の事言っていたでしょう?」

「そうだけど、今はそんな話じゃない」

「二人とも黙ってろ」


 茶化してくる二人をタトルが制する。


「魔族側はセインを王にすることに賛成だ。そのために我らは動いている。お前がどう思おうと協力はしてもらう。宰相」

「トール陛下の命を無駄にするわけにはいかない。それであれば!」


 ステファンはタトルの脅しに目を剥いて歯向かう。そんな彼の前にセインは立った。


「宰相ステファン。お前は戦争によって多くの人が死ぬことに賛成なのか?世界統一なんて果てしない夢のために。トールは本当にそれを願っていたのか?」

「セイン……殿下」


 目線を合わせて、セインはステファンを見つめた。

 主を失い、心を彷徨わせている彼を。

 ステファンは急に毒が抜けたように表情を柔らげる。


 そうしてセインに対して臣下の礼を取った。


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