第7話
「セイン殿下と…メルヒでしたか?二人はこちらに隠れていてください」
フェンデルは全身甲冑姿のヴァンと連れ立って小屋を出て行った。
王と王妃が確実に二人でいる時間を作り、騎士を寄り付かせないようにする工作をするとか。
そんなことが可能なのかと思いながら、セインは長年放置され埃がかなりたまっている小屋で、メルヒと二人きりになった。
メルヒは重いとかで甲冑を脱いでいた。中に来ていた服はヴァンの服なのか男物だった。服が大きくて、その胸の膨らみなどは隠れて見えないが、セインは彼女を直視できないでいた。
「セイン。本当、大きくなったな。私より身長が高い」
そんな彼に構わず、メルヒは至近距離まで近づき話しかけてくる。あまり音を立てないようにと思っているのか、小声のため顔がふれるくらい近くに彼女がいた。
「どうした?」
「なんでもないよ。メルヒは変わんないよね」
「そうだな。魔族は15歳をすぎると年を取るのが遅くなるし、あとあれだ。大樹に取り込まれている間は多分年を取っていない」
「大樹……。そうだ、取り込まれるってどんな感じなの?」
「うーん。わからん。その記憶はほぼないからな」
「それは蘇らなかったんだ?」
「うん」
会話はそれっきりで終わってしまい、妙な沈黙が落ちる。
「あの、メルヒ」
「なんだ?」
窓から少しだけ入ってくる日の光で、メルヒの赤い瞳が宝石のように煌めいた。
それだけでセインは何も言えなくなってしまった。
--おかしい。なんなんだ。折角メルヒが記憶を取り戻したのに。おかしい
「……セイン。本当に悪かったな。記憶がない間も、色々悩んだだろう。馬鹿な私はあのジョセフィーヌを慕っていて、本当……」
メルヒは目を伏せ、黙ってしまった。
その姿が記憶のない時の彼女に重なって、セインは思わず彼女の腕を掴んでいた。
「セイン?」
驚いた彼女は顔を上げる。
吸い込まれるような美しい赤い瞳、そして彼女の唇に目が行って、セインは首を横に振って手を離した。
「ごめん。僕たち、復讐を遂げよう。ずっと願っていた復讐を。そうすればきっとすっきりするよ」
「そうだな。そう」
彼が精いっぱい笑うと、メルヒも笑みを返す。
その仕草一つ一つに心が持って行かれるような気がして、セインはまた首を振った。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。早く二人が戻ってくるといいね」
「ああ」
腑に落ちない顔をしていたが、メルヒは頷く。
沈黙が再び訪れたが、それは直ぐに破られた。ほどなくして、ヴァンが戻ってきたのだ。
「算段はつけた。行くぞ」
彼の言葉に、セインとメルヒは頷いた。
☆
ヴァンを先頭に落ちついた足取りで、廊下を歩く。
部屋から逃げ出した時とは別に、セインはその姿を隠してはいない。
二人の甲冑の騎士に伴われて王室へ向かう、周りにはそんな風に見えているはずだった。
病床に伏しているという話が今朝から出ているが、それについてわざわざ問いてくる者もいなく、三人は無事に部屋に辿り着く。
部屋の前には警護の騎士はしない。
普段ならここで伺いを立て、許しを得てから中に入る。しかしそれらの礼儀をすべて無視して、ヴァンは扉を開けた。
彼に続いて、反射的に俯きがちにセインは入室する。その後は甲冑姿のメルヒだ。
「セイン?どういうことだ?」
王トールが立ち上がり、その隣の王妃ジョセフィーヌも同様に腰を浮かす。
ヴァンとメルヒが兜を取り、王妃が声を上げた。
「ケリル!」
「私はメルヒだ。ケリルじゃない」
「記憶が戻ったのね」
茶色の瞳は悲し気に揺れて、セインはそれを横目で見ながらトールを睨む。
「今こそ、僕は復讐を遂げる。人の国なんて関係ない。僕は父の、母の恨みを晴らす!」
「やはり気持ちは変わらないか」
トールは残念そうにそう言う。
「私は今殺されるわけにはいかないのだ。セイン」
「では戦え」
セインは小屋でヴァンから受け取った剣の鞘を抜いて切りかかる。
「フェンデル!」
トールが己の親友で近衛団長の名を呼ぶ。彼の傍に現れたフェンデルを見て、セインは裏切られたのかと足を止めた。
「王よ。ご自身でセイン殿下の剣をお受けください。そして己がしたことを悔いてください」
「フェンデル?!」
親友から言われた言葉にトールが声を荒げた。
「私は、確かにあなたの親友でした。けれども、彼女が殺されて私は酷く悔やみました。なぜあなたに逆らって、彼女を保護しなかったのかと。彼女を惨殺した外道を血祭りにあげても私の心は晴れませんでした。逆恨みなのはわかっています。けれどもあの日から私は決めたのです。あなたに復讐すると。そしてそれは私自身の償いも含みます。ミエル殿のために」
「み、ミエルだと?!」
トールはフェンデルの告白に驚いて、慄く。
それは彼だけではなく、セインもだった。
「セイン殿下。誤解されないように。これは私だけの一方的の想い。ミエル殿はいつもカイル殿下やあなたのことばかりを考えておりましたから。だから、王が提示した条件に頷かなかった。彼女はあなたたちと離れたくなかったのです。でも……私が無理にでも。これは私の償いです」
「フェンデル!気が狂ったのか?私が死ねば人の国はどうなる?王を殺した者を次の王にするほど、人の国は堕ちていない」
「そんなこと知りません。私は私の想いのまま動く。そうでしょう。セイン殿下」
「ああ、そうだ」
フェンデルの心を知り、セインは気持ちが高揚していた。まるでこの復讐を母が後押ししている、そんな気持ちになったのだ。
口は悪くて態度もいいものじゃなかったけど、彼女は精一杯セインとカイルを愛してくれていた。
ーーもう悩まない。
「王よ。この剣をお貸ししましょう」
「フェンデル!」
親友の裏切りに激高しながらも、トールは剣を受け取った。
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