第6話

「どういうことなんだ?」


 安全な場所ーー薄汚れた物置に連れて来られたセインは開口一番にそう聞いた。

 部屋を脱出する際に頭巾を深く被られ、二人の甲冑騎士ーーヴァンとメルヒと一緒に逃げ出した。外から見れば騎士が職務執行しているように見えただけだろう。フェンデルが途中に待っていて、この小屋に案内された。

 扉が締められ、安全だと思ったとたん、セインは聞かずにはおられなかった。


 メルヒは昨日の彼女とは別人のようにきびきびと動いていた。それはまるで9年前の凛々しい彼女のまま。それに少し寂しさを感じた自身を叱咤しながら、恐らく記憶がもどったのだと思い至る。けれどもヴァンと行動を共にしていることや、フェンデルが加わっていることなど疑問が尽きなかった。


「俺が説明してやるよ。記憶が戻ったメルヒを昨晩俺が保護して部屋に連れて帰った。そして翌日お前のことをフェンデルから聞いて、助けたってわけだ。わかりやすいだろう?」

「状況はわかった。でもなんてヴァンが人の国にいるんだ?フェンデルとは知り合いなのか?で、メルヒとヴァンは昨晩一緒に……」

「一緒の部屋だったが、何もないぞ。寝ていただけだ!」

「ね、寝ていた?」

「あーあ、誤解を招く言い方したぞ」

「な、何にもなかったんだ。ベッドに一緒に横になっていただけで」

「ベッドで一緒に?」


 そんな場合ではないのに、セインは少し想像してしまう顔を赤らめる。


「メルヒ。馬鹿か?お前は。セイン、俺とメルヒはいわゆる仲間のようなものだ。男女の関係はないぞ。それより、これからのことを考えるぞ」

「あ、う。そうだな」


 そういう言い方をされても釈然としないが、そのような場合ではないとセインは思考を切り替える。

 メルヒは馬鹿呼ばわりされて顔を険しくさせていた。

 状況を見守っていたフェンデルに至っては半ば唖然とした状態だった。

 セインは咳ばらいをして、改めて口を開く。


「助けてくれてありがとう。ヴァン、メルヒ、フェンデル。ヴァンはこれで二回目だな。ありがとう」

「素直じゃないか。昔みたいだな」

「……裏切られたと思ったんだ。でもそうじゃなかったんだな」

「裏切り?ああ、私を見捨てたことか?あの場にいたら死んでいた。セイン、あれは裏切りでもなんでもないぞ」

「メルヒ。本当に記憶がすっかりもとにもどったんだね」

「ああ。なんか迷惑かけたな」

「うん。なんかあのメルヒはちょっと……」

「忘れてくれ。あれは私じゃない」

「おいおい、二人ともなんだよ。記憶がないメルヒか。どんな感じだったか、みたかったな」

「話が逸れてます。セイン殿下が部屋にいないことに気づかれるのも時間の問題ですので、今後のことを先に話しましょう。その他のことは後から」

「そうだな」


 フェンデルが呆れた声で介入してきて、セインはまた雑談のようになってしまったことに気が付く。

 二人といるとどうも気持ちが緩んでしまうようで、彼は気持ちを切りかえようと息を吐いた。


「俺としては今後は二つの選択肢しかないと思うんだが。逃げるかこのまま復讐を遂げるかだ」


 彼が口を開くよりも先に、ヴァンがこの後の道を提示する。


 ーー逃げるか、復讐か。


 セインは唇を噛みしめ、考える。


「もちろん、復讐だよな。今逃げると次の機会がいつかわからんぞ。あと、多分城から出てたらお前は王子ではなくなる」

「それは別に構わない。王子なんてどうでもいいんだ。ずっと僕は復讐するために生きてきた。だから、復讐を選ぶ」

「私もセインに続こう。復讐を持ち出したのは私が先だった。最初はお前を利用するつもりだったからな」

「メルヒ……」

「私の事は恨んでもいいぞ。もしそれを言わなければ……」

「メルヒ。それはないよ。あなたが僕を拾ってくれなきゃ、あの時、僕は死んでいた。復讐のことも教えてくれたから生きていけた。メルヒが死んだと聞かされても、それを糧に生きてきたんだ」

「そうだな。あの時のセインの絶望感っていったら、後を追うんじゃないかって心配したくらいだ」

「セイン。すまない。お前を残してしまって」

「それはもういいよ。ヴァンが傍にいてくれたし。生きていてくれて嬉しい」

「セイン……」

「時間がないです。それでは復讐を選ぶということでいいですね」


 フェンデルが少し焦れた様子でそう確認し、セイン、メルヒ、ヴァンが頷いた。

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