第5話

 がちゃがちゃと音を鳴らしながら進む甲冑姿の二人組。

 ヴァンとメルヒだ。


 甲冑の中で、メルヒはヒヤヒヤしながら歩いていたのだが、隣のヴァンはすれ違う騎士や使用人たちと軽口を叩くくらい余裕だった。

 2か月近くメルヒは城にいるのだが、部屋に籠りっぱなしだったので王妃付の侍女と会話をするのみだった。会話といっても業務的なことで、彼女は少し羨ましく思いながらヴァンを見上げる。


「どうした?」

「なんでもない」

「メルヒ。本当変わったなあ。なんていうか可愛くなったな」

「か、可愛い。なんだ。それは」

「そんなこと言ったらセインに殺さるかもしれないな。ただでさえ、あいつには嫌われているのに」

「嫌われている?私がいない間一緒にいたんだろう?」

「ああ、5年はな。あとの4年はザイネルだ。そういえばザイネルの奴何もしてこないが……」


 そう言いかけたところで、ヴァンは急に黙りこくった。

 視線はまっすぐ前に向けられている。


 ーーフェンデルだ。


 前から近衛兵団長のフェンデルが歩いてきていた。

 隣から緊張が伝わり、メルヒは甲冑の中で眉をひそめる。

 彼らは仲間ではないのかと、疑問が浮かんできた。


「ジリン。団長室へついてくるように。隣の……」


 フェンデルはヴァンの目の前で足を止め、メルヒを甲冑の上から見下ろす。

 さすがに伊達に団長であり、その眼力はなかなか鋭い。


「丁度いい。君もついてくるといい」


 --バレたのか?


 確認したくて、ヴァンを仰ぎ見る。


「何もかもお見通しで。それでは団長室へ参りましょう」


 顔も隠れているため表情は見えない。けれどもメルヒはヴァンが皮肉気に微笑んだ気がしていた。

 フェンデルが踵を返して元来た道へ戻り、二人はその後を追った。

 

 ☆


 「セインが幽閉されている?」


 団長室へ入り、フェンデルは二人に席を勧めた後、信じられないことを口にした。


 「彼が復讐を遂げようとしたらしい」


 王と王妃に絶対の信頼を受けている彼は、何が起きたのか詳細を知っており、二人に広間で起きたことを語る。


「愛されているなあ。メルヒ」

「煩い」


 ヴァンに茶化されたりもしたが、話しを聞き終わり、メルヒはすぐにセイン救出へ向かおうと腰を上げた。


「気が早いぞ。メルヒ」

 

 それを諫めたのはヴァンで、動かないように甲冑の上から彼女の腕を掴んでいる。


「陛下と王妃殿下はセイン殿下を傷つける意図はありません。ただ公にすれば彼は反逆罪になります。だから病状に伏しているということで部屋に閉じ込めているのでしょう」

「閉じ込められていることには変わらないだろう!」

「静かに」


 声を荒げたメルヒをフェンデルが冷静に諫める。


「で、裏切り者のフェンデルさんはどうする気なんだ?」

「裏切り者。まあ、確かに。私は私の意志には正直ですがね」

「お前の意志とは?」


 メルヒにとって彼の裏切りは信じられないことで思わず聞き返す。


「言いたくありません。ただセイン殿下の全面的な味方なのは確かです」

「……信じるよ。俺は」

「ありがとうございます」

「私も、そういうことにしておく」


 彼女は渋々と頷くと、セイン救出の計画を二人に説明し始めた。



 ☆


 再びセインが目を覚ました時、部屋の中はまだ明るかった。

 近くにお盆が置いてあり、そこに水の入った器とパンが置かれている。


 ーーこれじゃまるで囚人みたいだな。


 苦笑が込み上げてきて、セインは自分が意外に元気なことに気が付く。

 

 ーーこれでは復讐とか言っている場合じゃないな。見事に捕まった。命を奪うつもりはないみたいだけど。


 縄で擦り切れた手足首が何もなかったように元通りになっていた。


 --治癒魔法か。本当になんでも魔法を使えるんだな。人で魔法を使えるのは稀有な存在のはずなのに。


『人は魔法を使えない』


 不意にそんな言葉が閃いて、セインは首を傾げる。

 

 ーーいや、人は使える。だって僕も使っていたし。ザイネルの魔法陣を使ってだけど。でもあの王妃は魔法陣を使ったようには見えなかった。そういえば人が魔法を使うのを王妃以外に見たことがない。……人自体あまり知らないか。

 そう思いいたって、そんな状況に構わず彼は苦笑を漏らす。


 人は体力的にも魔族より弱い。

 その繁殖力が高いところだけが魔族より秀でているところだ。数の多さと、ごく一部の魔法が使える人によって、人は長年魔族と対等に争ってきた。

 

『人は魔法を使えない』

  

 再びその言葉が思考に入り込む。 

誰からそんなことを聞いたのかわからないが、その新しく生じた認識は彼に混乱をもたらせる。

 魔王ザイネルからも、他の魔族からも人が魔法を使えることを聞いたことがある。アルビスさえ、それを肯定していた。もちろん全員ではなく一部の人なのだが。


 ーーいったい……。


 面倒なので床に転がったまま、そんなことを考えていると扉がゆっくりと開かれた。

 また王たちが戻ってきたのかと顔を上げると、そこにいたのは甲冑姿の二人の騎士だった。

 急に緊張感が増して、セインは慌てて体を起こし、何か武器になるものはないかと見回す。


「……セイン。俺だ」

「私もいるぞ」


 騎士たちが兜を外して、彼は自身の目を疑った。

 そこにいたのは一つ目のヴァンと、いなくなったはずのメルヒだった。

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