第11話

 窓から少し顔を覗かせて見張りがいないか確認する。

 先ほど見えた見張りの影がなくて、セインは窓から身を乗り出した。

 魔の国で黒頭巾として働いていた時に、相手に気づかれないように建物に侵入したり、そういうことを繰り返していたので、窓から外に出るのは容易なことで、建物の外壁を伝って中庭に降りる。

 足音を立てないように気配を殺して、「味方」を探した。


 暗がりに人が見えた。

 他には誰も見当たらない。

 背後から近づくと、彼は振り返った。


「セイン殿下」


 小さい声で呼びかけられて、セインは目を見開いて彼を見直す。

 待っていた相手は近衛兵団長のフェンデルだった。


「黙って私についてきてください」


 思ってもいない王の側近で、声を出しそうになったセインを止めて彼は歩き出した。

 

 --信じるしかない。


 覚悟を決めると、フェンデルの後を追う。


「ここから登っていけますね?」


 少し歩いたところで立ち止まって問われ、セインは頷いた。


「あの部屋です。この明かりが消えるまでには部屋から出てきてください」


 フェンデルはカーテンが風で閃いている部屋を差し、赤色の光を放つ魔石を彼に渡す。

 迷ってる暇はなく、セインは魔石を懐に入れると壁を登り始めた。

 部屋に辿り着き窓から中を除く。

 小さな寝息が聞こえ、暗がりの中ベッドが見えた。


 --寝てるのか。起こすしかないけど。なんで、寝てるのかな。


 そんな疑問を思いながらもセインは部屋に入り、ベッドに近づく。

 

「メルヒ……」

 

 懐から赤い石を取り出し、その光で彼女の姿を確認する。

 黒い犬耳、長い黒髪、それは人型のメルヒだった。


 彼女を別れたのは6歳の時、9年前だった。

 その時の記憶では、彼女は大きい印象だったのに、セインはベッドの中で気持ちよさそうに眠るメルヒがとても小柄に見えることに気が付いた。


「小さくなった……?いや、僕が大きくなったのか。9年、9年も経つんだから」


 セインにとって、メルヒは姉のような存在だった。けれども、こうしてメルヒを目の前にして、彼女が随分幼い顔をしていて、外見だけなら自身と変わらないことに思い至る。

 

「魔族は15歳から年齢の取り方が人と違うから……」


 不思議な気持ちが沸き起こってきて、セインは自然と彼女の髪に触れていた。

 手入れが行き届いているのか、その黒髪はとても柔らかかった。それから耳を触る。心地よい感触で弄んでいると、ふいにメルヒが目を開く。


「だ、」


 大きな声を上げられそうになって、セインは慌てて彼女の口をふさいだ。

 

「僕だよ。メルヒ。ちょっと大きくなりすぎて、わからないかもしれないけど」


 彼女の赤い瞳は、暗いがりでも美しくて、見惚れそうになりながら早口でそう伝える。


「セ、」


 口を塞いでいるため、彼女が答えられないことを悟り彼は彼女の口から手を離した。


「セイン?ジョセフィーナが言っていた奴か。なんで、こんな時間に、しかも私の部屋に?」

「ジョセフィーヌ?王妃のこと?メルヒ、僕だよ。セイン。わからないの?」

「メルヒ?誰の事だ?私はメリル……。もしかして、私の昔のことを知ってるのか?」

「昔……?記憶がないの?」

「ああ、だけど……」


 メルヒは体を起こしてからセインから少し逃げるように移動して、頭を押さえた。


「メルヒ。君の名前はメルヒなんだ。僕を拾ってくれたんだ。9年前」

「メルヒ。私はメルヒ。そしてお前を拾った?そんな大きいお前を?」

「大きい?9年前は僕は小さかったんだよ」

「そうか、そういうこともあるな」

「そういうことって……。ねぇ。メルヒ。僕と一緒に行こう。こんなところから抜け出して」

「抜け出す?だめだ。ジョセフィーヌが悲しむ」

「ジョセフィーヌって、王妃のことだろう?メルヒ、ジョセフィーヌは僕たちの仇なんだよ。僕の父さんカイルが城から追い出されたのは、そいつのせいなんだ!」

「カイル……?頭がいたい……」


 メルヒは再び頭を抱えた。


「メルヒ、」


 彼女に触れようとして、セインはベッドの上に置いた小さな魔石の光が消えていることに気が付く。

 

「メルヒ。僕のことは誰にも言わないで。また来るから」


 頭を押さえている彼女がその言葉を聞いたかわからない。しかし、セインは彼女は裏切らないと信じて窓へ戻る。振り向くとメルヒはセインを見つめていた。


 --やっぱりメルヒだ。間違いない。


「待ってて、また来るから」


 そう言うと彼女は頷いた気がして、セインは窓から逃げ出して、急いで下に降りる。


「時間がかかりすぎです。早く部屋にお戻りください」

「ああ」


 下で待っていたフェンデルに咎められ、彼は苛立ちながらも静かに答えた。


 --記憶を失ってるなんて、タトルは知っていたはずなのに、なぜ教えてくれなかったんだ。大体このフェンデルは近衛兵団長だし、王の側近でなんで裏切るような真似を。


 疑問が次々を浮かんできたが、取り敢えずセインは部屋に戻ることを優先にした。早足で元来た道を戻り、よじ登ろうとしてふと振り向くとそこにはもうフェンデルの姿はなかった。


ーーこれで裏切られていたら終わりだな。


 そう自嘲しながらセインは壁を野次登り部屋に戻った。


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