第12話
耳を触られる感触がしてジョセフィーヌかと思って、目を開くとそこにいたのは見たことがない青年だった。
彼にメルヒと呼ばれ、ケリルは懐かしい思いが込み上げてきた。
見たことがない青年ーーけれども知っている。
そんな思いでいっぱいになる。
けれども彼はジョセフィーヌに敵対心をもっているようだった。
その名を口にする時、彼は唇を歪ませて、声が低くなる。
そう思うと、急に頭が痛くなった。
『メルヒ。僕のことは誰にも言わないで。また来るから』
ーー誰にも言わないで。それはジョセフィーヌにも?
『待ってて、また来るから』
窓まで歩いて行った彼が急に振り向いてそう言った。
その言葉に安堵していると、急に彼が姿を消す。
ーー危ない。セイン。
ふいにそんな思いがして、ケリルは自然と窓の方へ駆けよっていた。
彼は無事に階下に辿り着いて、小走りでいなくなるところだった。
傍にいたもう一人の男がこちらを睨んだので、ケリルは慌てて姿を隠した。
ーーあれは近衛兵団長のフェンデル?
『メルヒ。僕のことは誰にも言わないで。また来るから』
ーーセインがそう言ったんだ。フェンデルのことも誰にも言わないほうがいい。言ったらセインが。セイン?私はあいつを心配しているのか?なんで……。昔の私、メルヒがセインを拾ったとか、そんなこと言っていたな。だけど、ジョセフィーヌは敵で……。
先ほどのセインとの会話を思い出そうとすると頭痛が再びしてくる。
メルヒーーケリルはベッドに戻ると横になる、耳を押さえる。
ーー考えない方がいい。何も。うん。私は何も見てない。あれは夢だったんだ。そう夢……。
ケリルは自身に言い聞かせる。
けれども、セインの顔が頭をちらつき夢などと思えることはなかった。
☆
寝間着に着替えて、先ほどまで身に着けていた服を再び袋に詰める。
ベッドに横になるが、眠気は一向にやってこなかった。
ちらつくのメルヒの顔だった。
――メルヒはあんなに小さかったのか。あんなに幼い顔してたなんて……。
記憶にあるメルヒと今のメルヒ、比べてみてやはり同じだとセインは確認した。
――彼女はメルヒだ。あの黒い耳に赤い瞳、尻尾も変わってなかったし。
剣の稽古をつけてもらったり、一緒に果実をとったり。
そんな昔の思い出に耽る。
――メルヒはいつも凛々しかった。でも今のメルヒは……。きっと記憶がないせいだ。きっと思い出せば元のメルヒに戻る。あんなメルヒは……。
怯えたような彼女、黒い耳は垂れさがり、長い黒髪は彼女の膨らんだ胸の辺りを覆い隠す。微かに甘い香り……。
――何を考えているんだ。彼女はメルヒだぞ。
可笑しな妄想をしてしまいそうになり、セインは己の顔を枕にうずめる。
――寝るんだ。寝るんだ。寝不足だと疑われるぞ。
そう自分に言い聞かせるが、メルヒのことを考えるのは止められなかった。
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