第10話



 王子の仮面を張り付けて参加した歓迎の夜会。

 王トールと王妃ジョセフィーヌ、宰相のステファン、大臣たち……。

 目が回りそうな思いをしながら、セインは夜会を過ごした。

 

 本当は今すぐメルヒのことを王妃に問い詰めたい、そう思いを堪えて、猫の魔族カリンの教え通り、王子らしく振舞う。

 カリンの指導には疑問がかなりあったが、今のところ王子らしく見えているらしい。

 嘲るような視線はなく、振る舞いには問題がないと安堵する。


 追随する魔族は、亀の魔族タトル、鳥の魔族バイゼル、ウサギの魔族ラギルだ。魔王の配下であることは知っていたが、その実力は不明でこの3名と自身で城を攻略するのは難しい。

 例え実力があったとしても、夜会の会場に詰めている騎士の数は十数人、また外にも数十人の影を見たので、強行突破は無理だとセインは考える。

 ザイネルが示した通り、油断させて王と王妃を殺す。それを事故に見せかけることができたらさらに成功だ。問題なくセインが王位に就ける。

 彼自身は王位などにまったく興味はないのだが、ザイネルの希望であり、ある意味それを達成することが彼への恩返しになる。

 王になり、大樹(リグレージュ)の力を得る。

 メルヒのために、大樹(リグレージュ)のところに行かなければと思っていたのだが、すでに彼女は大樹から離れ、王妃の元にいる。

 そうなれば、セインはこのまま王と王妃を殺して、メルヒを奪還し逃げてしまおうかと思いもする。ふと、そんな思いに浸っていると視線を感じて振り返れば、亀の魔族タトルがセインを見ていた。


 ーーザイネルの希望を叶えるのは必須か。まあ、いい。王と王妃を殺して、メルヒに会う。それができれば……。


「セイン。浮かぬ顔をしているな。大臣たちがうるさかったか?」


 考え事に熱中してしまったらしい、セインは王トールが近づいてきたことに気がつかなかった自身に驚く。


「いえ、別に……」


 確かに大臣たちはひっきりなしに話しかけていたが、適当に返事をすれば満足していたようなので、煩いとまでは思わなかった。なのでそう答える。


「明日はお前を大樹(リグレージュ)の所へ連れて行こう。お前は次の王だからな。挨拶をしておくのもいいだろう」

「次の、王?」

「そうだ。私には子がいない。お前が次の王だ。落ち着いたら色々教えてやろう」


 --どういう意味だ?なんで、そんな。


 戸惑っているセインに構わずトールはそれだけ言うと王妃の元へ戻っていった。その後、また大臣たちがやってきて、動揺したまま彼たちの相手をすることになった。


 ☆


 王と王妃が退室して、セインも部屋へ戻った。部屋に戻り、蝋燭の火を元にタトルから渡された紙を開いた。

 帰り際にさり気なく、渡された紙だ。

 会話はいつも通り、全然関係ないことで、ラギルからは今夜の夜会のお菓子のことを永遠と語られ、立ったまま寝るのではないかと思うくらいだった。


『扉を叩く音がしたら、窓から中庭に出ろ。そこに案内する奴がいる』


 内容はそれだけで、セインは使用人が寝間着を用意するために部屋を出ている間にその紙を燃やす。魔法で燃やしたいところだが、魔法陣の描いた手袋をつけるには手間がかかり、その間に使用人が戻ってくると面倒だった。


 --多分、寝静まった頃かな。扉の前には警護と言う名の見張りの騎士がいるはずだ。それが交代するときかな。


 彼はそう予想して、戻ってきた使用人から寝間着を受け取り着替える。使用人は男性だったが、着替えさせられるのは嫌だったので自身で着替えた後、疲れたと言ってベッドに横になった。

 蝋燭が吹き消される音がして扉が閉まり、足音が完全に消えてからセインはやっと息を吐いた。

 朝から馬を飛ばして、夜は夜会で気を張り続け疲れていた。寝てしまうかもしれないと、ベッドから立ち上がる。窓から中庭に出ろという指示なので経路を確認しようと窓の傍に行くと、魔法を使ったランプを持った騎士を数人眼下に捉える。


 --このまま窓から出たら確実に見つかる。タトルはどうするつもりなんだろう。


 騎士に見られなかったことを確認してから、セインは再びベッドに戻る。自身が魔の国から持ってきた袋を探して出して、そこから暗闇に紛れてやすい服装を取り出して着替えた。

 --後は待つだけだな。この計画はタトルたち3人では無理は話だ。協力者がいるって言っていたな。その人とも彼らが魔の国へ戻る前に渡りをつけるとも。誰なんだろう。


 今日夜会であった人々を思い出してみるが、セインにはどれが敵で味方かまったく予想できなかった。


 ーー次の王。そういえばトールはそんなことを言っていたな。馬鹿じゃないか。僕を王にしたいって。子がいないから仕方ないだろうけど。


 自分がトールであればそんなこと考えもしないだろうと、セインは苦笑する。


 ――あいつらは、父さんと母さんと城から追い出したんだ。父さんはただ母さんを愛していた。それだけなのに。


 結婚の約束をしていた現王妃がいたにもかかわらず、ミエルに心を寄せた父カイルは不誠実だと思う。けれども、父の母への愛は本物で、母も口は悪かったが父のことを愛していたのは確かだった。


ーー母さんは、なんで殺されないといけなかったんだ。城にずっといれば、そんな仕事しなくてよかったのに。


 セインは成長するにしたがって、母がどのような仕事をしていたのか理解していった。その度に悔しさと共に憎しみは増していく。


 ーーどんな優しい顔をしていても、あいつらが父さんと母さんを追い出した事実は変わらない。だから、復讐は絶対に遂げて見せる。


 ふと優しい王妃の瞳を思い出し、セインは唾を吐きたくなる。


 ーー騙されるもんか。


 髪をかきあげて天井を見上げたところで、微かな音がした。二度繰り返され、それが扉を叩く音だとわかる。


 ーー合図だ。

 

 気を取り直すと彼は窓に近づいた。



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