第53話 研究所の混乱《元部下の視点》

 エリオット様が居なくなってから、魔法研究所は混乱を極めていた。あの方が姿を消してから、こんなになるとは。少し懸念していたけれど、まさかここまで混乱するとは私も思っていなかった。


「例の件は、どうなったの?」

「分からないわ。あの方に聞いてみないと」

「まだ見つかっていないのよ。捜索している途中」

「ちょっと待って! 研究発表は、どうするの?」

「それもまだ、何も準備できていないわ。準備が進めらないのよ!」

「とりあえず皆、一旦落ち着いて。何と何と何が、出来ていないんだ?」

「全てよ。どこから処理していけば良いのか、分からないわ」

「出来ることから手を付けていけば良い、ってことでしょ」

「ひとまず優先順位を決めないといけない、という話か」

「私たちに出来ること、って?」

「何が分かっていないの? 誰か、分かる奴は居ないの? ねぇ?」

「「「………」」」


 研究員会議も散々だった。今まで進めてきた研究が、ほぼ全てストップしたこと。近々、発表する予定だった研究成果についても、未だにまとまっていない。数多くの研究員たちが指示されるのを待ちながら、右往左往している。


 王国最高峰と言われていたはずの魔法研究所は、エリオット様が居なくなったことにより、機能を停止していた。そして、混乱が続いている。


 こうなった理由は、分かっている。トップであるドゥニーズ所長が、あの体たらくだからだろう。彼女に、この混乱を収めることは不可能だと思う。




「あの方は、見つかった?」

「い、いえ……まだ何も情報が無いです」

「必死に捜索しましたが、何一つ情報は得られていません」

「そう……」


 兵士たちの報告は、そうだろうなと予想していた結果だった。姿を消してしまったエリオット様を、見つけ出すことは非常に難しいだろうと思う。もう既に、王国から他国に移っているかもしれない。それでも、一応は捜索を続けるようにと彼女たちに指示を出す。おそらく、見つけられないだろうけど。


「なら引き続き、あの方の捜索をお願い」

「ハッ!」「了解しました」


 兵士や研究員たちの多くは、エリオット様を見つけ出そうと必死に捜索していた。今更になって、あのお方の偉大さを理解したようだ。


 彼は優しい性格で、面倒や争いごとが嫌いだったから指摘してこなかった。研究の成果を奪われたとしても、何も言わなかった。私たちが代わりにその事実を明らかにしようとすると、煩わしいから止めてくれとお願いされてしまった。魔法を研究するための時間を消耗したくない、ということらしい。


 いつの間にか居なくなるかもしれない。いつの日か姿を消してしまうんじゃないかという不安が常にあった。あまり執着しない人だったから。


 まさか、本当に居なくなるだなんて。エリオット様の部下だった私も、彼の行方は知らなかった。


 どうやら、研究所に保管されていた機密情報を持ち出して逃げたと言われている。だが、そんなはずがない。ここにある魔法技術は、ほとんどエリオット様が研究して生み出し、皆に共有したものだった。それをなぜ、わざわざ盗み出して他国に売りに逃げた、なんて噂になっているのか。


 そんな噂を信じている者は一部だけ。多くの人たちは半信半疑だった。私のようにエリオット様の近くに居た者たちは、噂なんて嘘だろうと思っていた。


 おそらく、その噂の出処はドゥニーズ所長だろう。彼女が、ありもしない噂を流すように誘導している。以前も、エリオット様を誹謗中傷するような酷い噂が研究所に出回ったことがあった。その時と同じような状況だ。


 残念なことに、まだ確たる証拠を掴めていない。ドゥニーズ所長を、指摘することが出来ていなかった。けれど私は、確信していた。噂は嘘だし、噂の出処は奴だろうということを。




 事実を探るために、従ったふりをして情報を引き出そうと試みた。だが、なかなか尻尾を捕まえることが出来なかった。魔法の知識など無いというのに、魔法研究所の所長という地位を手に入れただけのことはある。謀略を巡らすことには長けていた。裏の手回しも。奴が関わっていることは明らかなのに、歯がゆい。




 エリオット様! 一体、どこに居るのでしょうか。私は絶対に彼を見つけ出して、文句を言ってやる。部下の私に一言もなく姿を消すな! と。




「……そういえば」


 エリオット様について、思い出したことがあった。遠い昔、冒険者として活動していたことがある、と聞いたことがある。


 男性なのに過去に冒険者をしていた、という話は珍しくて強烈に覚えていた。まだ王国から出ていないとするなら、冒険者ギルドを訪ねているかもしれない。




 私は、独自にエリオット様の捜索を始めた。冒険者だったという情報については、研究所の関係者には報告しないで黙っておく。彼女たちよりも先に、エリオット様を見つけ出し、私が事情を聞く。必要なら魔法研究所から出る、という覚悟も決める。


 とにかく、もう一度エリオット様に会いたい。

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