第33話 切り札

「ぐ、あうぅぅうッ!?」

「いやぁぁぁっ!」

「くっ……待ってくれ!」


 モンスターに向かって大剣を振り下ろしたフレデリカさんが、空中を舞っていた。尻尾で、弾き飛ばされたようだ。放物線を描き、頭から地面に落ちてしまった瞬間を目撃して、シモーネさんが悲鳴を上げる。


 マズイ、彼女が僕の腕から離れて走っていく。2人が離れてしまった。


 出し惜しみしていては、その2人を助けることは出来ないと悟った。だから僕は、あの魔法を使うことにした。


 これを使うのは、一か八かの賭けである。なぜなら、この魔法を発動すると魔力を大量に消耗して、体力も全て使い果たして発動した後は動けなくなってしまうから。


 失敗してしまったら、打つ手がなくなってしまう。それでも、やるしかない。


 問題は、いまどこに居るのかが分かっていないこと。どこへ逃げれば安全なのか。それが判明していないから、これから行う行動も賭けになってしまう。時間がない。




 賭けは成功するのだろうか。勝算はあるけれど、上手くいくかどうか分からない。不安だけど、やってみるしかない。それ以外には、良いと思える方法は思いつかないから。


 こんな危機的状況に陥って、生死を賭けるような状況になったのはいつ以来かな。頭の冷静な部分で、ちょっとばかり余計な事を考えながら魔力を最大まで開放した。


「うおおおおっっっ!」


 とっておきの魔法とは、時間に対して魔力を干渉させること。それにより、流れる時間を止めることができる。おそらく、僕以外には使い手が存在しないオリジナルの魔法だった。




 徐々に、視界は灰色に染まっていく。


 シモーネさんが走っていく速度が遅くなり、ドラゴンはゆったりとした動きで口を開いていた。どうやら、彼女たちに向けて火炎を吐くような動作に入った。口の中に火炎の球が形成されているのが見える。


 やがて、僕を除いた全ての動きが止まった。ドラゴンは大きく口を開けたままで、シモーネさんは地面を駆け出したような姿でストップしている。


「くっ」


 背中が痛いんだ。傷を負って、魔法を発動させてしまったから余裕が無い。集中が切れてしまいそうだ。


 僕は魔力を操作して、背中に纏わせる。炎で負傷した背中は、なんとか回復した。だけど、魔力と体力は消耗したまま。時間に干渉させている魔力の制御に集中する。


 何とか気力を振り絞って歩き、シモーネさんが止まった場所まで移動した。彼女を小脇に抱えて、次はフレデリカさんの倒れている場所までやってくる。


(良かった。まだ生きている)


 フレデリカさんの状態を確認して、ほっと一息つく。なんとか、尻尾による一撃は耐えてくれたようだ。


 フレデリカさんを背負う。ちょっと痛むような気がしたけれど、気の所為だろう。お構いなしに、僕は彼女を背中に担いだ。


 身長差があるので、腕と背中で2人を抱えて移動するのは困難だ。けれど頑張る。ここでなんとしても逃げ出さないと、あのモンスターに僕らは全滅させられるから。


「はぁ、はぁ……はぁッ……」


 魔法で時間の流れを止めている間に、転移させられた見知らぬ場所であるフロアの状況を観察する。どこか、逃げ込める場所がないのか必死で探す。避難できるような場所は無いのだろうか。


 全てが止まり音が聞こえなくなって、景色も灰色で逃げ道を探すのは困難だった。それでも何か見つけられないか、目を凝らして見る。


 地面に、何かが腐ったような物体や棒状の物がバラバラと辺りに散らばっていた。いくつも積み重なって、山になっている。コレが最初に感じた匂いの原因か。


 フロアを見回して、見つけられた通路は2つ。他の通路があるかもしれないけど、これ以上は時間を止めていられない。限界が近づいてきている。ここで魔法を解いてしまったら、ドラゴンの火炎攻撃を浴びて全滅。最悪の事態だった。


 僕は死ぬ気で、その場所から一番近い通路へ逃げこんだ。この道なら、あの巨大な敵が入ってこられない。この先に凶悪なモンスターが潜んでいないことを祈りながら前へ進む。3人で、出来る限り遠くへ避難しなければ生き残れそうにない。

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