第32話 転移した先には

 ほんの一瞬、失っていた意識が戻ってきた。視界は、真っ暗で何も見えない状態。音も聞こえず視覚がゼロだからなのか、触覚が鋭敏化されているようだった。近くに何かを感じた。


 手を伸ばしてみると、誰かの腕の感触がハッキリと分かった。浮遊感を感じながら右手に掴んだ感触を、離さないようにしっかりと握る。


 おそらく掴んだ腕は、近くに立っていたシモーネさんのはず。僕たちはトラップにより、どこかに転移しているようだった。遠くに居たフレデリカさんは、まだ位置を把握できていない。一緒の場所に、転移してくれていたら良いのだが。最悪な状況を想定する。




 時間にして1秒も経っていないぐらいの、とても短い間。


 対処する方法を考えていると急に、見えていなかった視界がハッキリと分かるようになった。その瞬間、冷たい空気が頬に当たった。先ほどとは、まったく違う場所。


 次に、何かが腐ったような匂いが漂ってきた。そして何者かの強烈な気配を感じて全身が粟立った。ここに居ては危険だ。僕の直感が告げている。すぐ逃げないと!


 まだしっかりと状況を把握していない状態だったが、勘に従って右手に掴んでいた腕を自分の方へと引っ張る。


「キャッ!?」

「大丈夫」


 やはり、掴んでいた腕はシモーネさんだった。彼女もまだ状況を把握していないのだろう、呆然としていた。力のない僕が腕を引っ張っただけで、彼女は身体を預けてくれた。


 僕が抱きしめたというよりも、覆い被されたように見えるだろう。シモーネさんと身長差がかなりあるので、子どもが大人に抱きつくような感じに見えていると思う。だが今は、そんなことを気にしている余裕もない。


 次の瞬間、冷たく感じていた肌に熱気が当たった。これまた何が起こっているのか分かっていないけれど、僕は慌てて周囲を完全防御する魔法壁を発動させた。


「くっ!」「エリオット君!」


 背中に強烈な熱さを感じた。魔法壁を展開すると、すぐに熱さは感じなくなった。ただ、背中に激しい痛みが広がっていく。久しぶりに感じた激痛だった。


「どこから飛んできた炎? もしかして、当たったの?」

「だ、大丈夫です……!」


 どうやら、飛んできた高温の火炎が背中に当たったようだ。すぐ魔法壁で遮断したから、シモーネさんに当たっていなかったようで安心する。何とか彼女は守ることが出来た。しかし自分は、当たってしまったか。


 魔法のローブを着ていたら、どんなに高温の火炎でもダメージにはならなかった。ただ、転移する前に脱ぎ捨ててしまったから今は着ていない。身体を防御してくれるものが無い。とてもまずい状況だと思う。


「ほ、本当に? 今のは? 姉さんは、どこに……ッ?」


 まだ混乱していたシモーネさんは、何かを見つけてゆっくりと視線を上に向ける。魔法壁を展開しながら僕も、恐る恐る後ろを振り返った。そこに巨大なモンスターが居た。真っ赤な鱗に大きな翼。そいつは首を振って狙いを定めず、あちこちに口から火炎を吐いていた。


「あ、あれは!?」

「ドラゴン!?」


 腕の中に抱いているシモーネさんが、大声で叫んだ。ドラゴンという伝説級に分類されているモンスターの名を。


 なぜ、こんなところに? いや、僕たちが転移してきたのか。あのトラップにより連れてこられた。一緒に居たはずのフレデリカさんは、何処だ!? 


 僕も若干混乱しながら、探索魔法で人の気配がないか周辺を必死に探す。ここから少し離れた場所で感知した。そこに居るのか。


「なッ!?」

「ウォォォォォッ!」


 大剣を振り上げて大声で叫びながら、ドラゴンへ突っ込んでいくフレデリカさんを発見した。あれは、とてもマズイ。


 僕とシモーネさんが居る場所よりも、少し離れた場所に彼女は居た。そのために、先ほどドラゴンが放ったと思われる火炎の被害は受けなかったようで、無事である。


 敵には、まだ見つかっていない。しかし今、大剣でドラゴンに特攻を仕掛けようとしている。


「駄目だ! フレデリカさん!」

「姉さんッ!」


 ソレはダメだ! 彼女の力では、ドラゴンに向かって攻撃してもダメージを与えることは出来ないだろう。あの大剣程度の武器では、ドラゴンの分厚くて強靭な皮膚を斬るのは不可能だ。


 最悪なのは、ドラゴンから反撃を受けて致命傷を受ける可能性があるということ。転移する前に発動していた防御魔法が、まだ彼女に残っているのが見えた。けれど、あんな強力なモンスターから一撃を受けてしまうと防ぎきれず、死に至る。


「くっ!」


 フレデリカさんは、こちらの声が聞こえていないのか、それとも無視しているのか突っ込んで行った。止まる様子は一切ない。全員が助かるには、どうすれば良い?


 時間がない。僕は、どうすれば?

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