第3話 研究室に置いてきた忘れ物
「あ! そういえば……」
心機一転、これから楽しい旅に出ようと決意をしたとき。今の自分の格好について振り返って立ち止まる。手には何も持っていないし、手ぶらのまま町を歩いていた。
「うーん。これで外に出るのは危ないか。旅の準備をしないと……」
着の身着のままで研究所から追い出された。研究室には、様々な研究の資料や実験道具はもちろんのこと、そこで生活していたときに使っていた生活用品などを全て、そこに置き去りにしてきた。
研究に熱中するあまり、僕は研究室で日々暮らしていた。食事や睡眠などの時間も全て研究室で過ごしてきた。あの部屋が、僕の住む家でもあった。
実験している最中、急に部屋から追い出されてしまった。当然、研究室に生活用品の全てが置きっぱなしである。持って出る暇も与えてもらえなかった。
「着替えとか無いと、やっぱり困るかなぁ……」
今から、追い出された魔法研究所に戻って生活用品だけでも取ってこようか。でもたぶん今から荷物を取りに研究室に戻れば、侵入者と判断されてしまいそうだった。
実は、研究所の防衛システムの調整や管理等を任されていた。だから中に侵入するぐらいなら簡単だと思う。システムの弱点や侵入ルートなどを把握しているから。
けれど万が一、発見された場合は不法侵入として武装した女兵士たちに捕縛されるかもしれない。
魔法研究所には、王国の研究員たちが長い時間をかけて研究してきた数々の魔法に関する持ち出し禁止の機密が多数、保管されている。なので、関係者以外が無許可で侵入したことが発覚すれば、死刑などの非常に重い刑を科せられる。
下手すると僕も罰せられる。ついさっきまで研究所に所属していた研究員だとしても、問答無用で処罰してくるだろう。無茶苦茶だけど、あの所長はそこまでやりそうだと思った。
僕は魔法研究所をクビになってしまったので、関係者ではなくなったから。関係者以外は立入禁止だから、正しくもある。
不法侵入してバレてしまった時に起こりうる面倒事やら、犯罪者として処罰される可能性。そういう面倒な事態を考えた結果、研究室に置いたままの荷物は諦めることにした。
あそこに置いてある荷物については、全て捨てることにした。不法侵入をしてまで必要な道具や荷物などは、研究室に置いていなかったはず。
「うん。ま、いっか。大したものは置いてないはずだし」
研究室に置いてある荷物の回収を諦める。貴重品など大切なものは空間魔法の中に収納してあるから、問題は無かった。
ただし、これから旅に出る準備をする必要があった。町にある道具屋を見て回り、旅に必要な道具を買い集めないといけない。でも、その前に。
「まず、お金が必要か」
資金や名誉に対する欲が少なかった僕は、生活に必要なお金以外は全て魔法実験に使って、研究を進めてきた。
そのため、僕の今の手持ちのお金は非常に少なかった。旅の道具を店で買うための資金が圧倒的に足りない。買い物するためには、今すぐに使えるお金が必要だった。
久しぶりに外で歩き、しばらくぶりの風を肌で感じながら頭のフードを被り直す。
一応、お金を稼ぐための当てはある。まずはそこに行って、新しい旅の準備をするための資金集めから始めるべきか。
「よし、行ってみるか」
町外れにある建物に向かう。そこに行けば、お金を稼ぐ方法があるはず。
(この50年間、なかなか楽しかった。けれど、こんな結末になるとはなぁ……)
一瞬だけ立ち止まって、先ほど追い出された魔法研究所がある方角をチラと見た。最後は予想外だったけれど楽しい日々だった。その後、僕は心の中で別れを告げると視線を前方へと戻す。
それから僕は改めて、目的地に向かって歩き出した。これから僕が向かうべき場所は、あそこだろう。
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