第2話 心機一転

「せめて、結界魔法の研究は完成させてから出て行きたかったなぁ」


 1年前から続けてきた研究と準備の成果、王都防衛用結界魔法がようやく完成まで間近に迫った頃だった。


 近年、各国の情勢が怪しく戦火の気配が漂い始めていた。モンスターの被害も増加傾向にある現状。それら様々な危機から王都を守るために、という理由で始めたのが防衛魔法に関する研究だった。


 実験を繰り返す過程で様々な発見があって、多重境界防御や魔力要素抽出に関する新たな発見など、かなり実りのある研究だった。


 なので、せめて最後まで研究を成功させておきたかった。名誉なんかはいらない。大規模な結界魔法を研究した結果だけ、自分の目で確認しておきたかったんだけど。


「今から、研究室に戻るか? いや、でもなぁ……」


 せめて、あの研究を終わらせてから研究所を出ていくワケにはいかないだろうか。交渉してみようかとも考えたけれど、あの所長は全く聞く耳を持たない感じだった。今から戻っても無駄だっただろうな、と交渉することを早々に諦める。


 まぁでも、結界魔法の研究については佳境だった。準備も十分に進んでいたので、あとは誰か別の研究員が引き継いでくれるだろう。王都の各地適切な場所に発明した装置を配置してから起動するだけ。結界魔法の細かい調整については、あの研究所にいる魔法使いたちも出来るだろうから心配はないと思う。僕が研究チームから離れたとしても、いつか完成した結界魔法を見ることは出来るはずだ。




「しかし、うーん。納得がいかない……」


 全く意味が分からないままクビを言い渡され魔法研究所から追い出されて、実験の予定も邪魔されて、長年苦労して研究してきた結果も最後まで確認させてくれない。


 あの所長は、いつも僕の邪魔をしてくる存在だった。


 彼女が10年前、魔法研究所へ入ってきた頃から何故か僕は目の敵にされていた。研究に難癖をつけてきたり、無意味に実験を妨害してきたり、各研究室に事実無根の変な噂を流したり。


 そして、とうとう今日は研究所を追い出されてしまった。イライラする怒りが込み上げてきたけれど、町を歩いているうちに気分も落ち着いてきた。


「でもまぁ、いっか」


 どうでも良くなった、と言うべきかな。よくよく考えてみれば、既に魔法研究所に所属している意味や理由が無くなっていたので、今回の件で踏ん切りがついた。


 僕があの魔法研究所に所属して、魔法の研究をすることになったのは2代前の王にスカウトされたから。それからずっと、やりたい研究で魔法の技術開発で成果を出し王国の発展に貢献してきた。


 最近は惰性で、魔法研究所に在籍しながら魔法の研究を続けていた。なのでクビを言い渡されて強制的に研究所を出されたのは、この場所を離れる良いキッカケだったのかもしれないと思い直した。そう考えることで、イライラとしていた気持ちは軽減される。


「うん。そうだな。そろそろ、また新たな旅に出よう!」


 改めて考えてみると、この国に来てからもう既に50年も経過していた。そろそろ新天地へ旅立つのに、ちょうど良いタイミングだったのかもしれない。


 コレから、新たな生きる目的を探す旅に出よう!


 そう考えると、気分が高揚してきた。とてもワクワクする。しばらく1つの場所に留まる生活を続けてきたから、久しぶりの旅となる。


 もともと僕は、閉鎖的で外に出て行くためには面倒で厳しいルールがあるエルフの村に住んでいた。


 その頃の生活は楽しみが少なく、ゆったりとしているだけの無気力な時間が流れているだけの人生だった。退屈すぎて、頭が狂いそうなほどに。せっかく異世界に転生したんだから、異世界を巡りたいと思っていた。


 そう、僕は転生者なのである。


 現代から、魔法が存在している異世界に記憶を保持したまま生まれ変わった存在。元人間だった僕はエルフとしての生活には慣れなくて、どうにかして旅に出たいなとずっと思っていた。


 色々と問題があって、しばらく家の外にすら出してもらえなかった僕。


 生まれてから100年もの長くて苦しい退屈な暮らし。そんな暮らしに飽きてから20年ぐらい、長い年月をかけてなんとかエルフの村長を説得することに成功した。魔法の修行という名目で、村の外へ旅に出ても良いと許可を貰った。


 その時の気持ちを思い出した。生まれてから初めて、村の外に出れたときの感動。だから僕は再び、旅に出ようと思う。


「よし、行くか」


 僕は魔法研究時に別れを告げた。そして新たな人生に向かって一歩、進み始めた。

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