第9話 この世で最も世間知らずの悪だくみ


 ――レムリアの一般学生の居住区にある古ぼけた屋敷の一室


 アスタとデイモスが扉を開けて部屋に入ってきたので、


「プランは手はず通りに進んだか?」


 此度の計画の目玉の動向について尋ねる。


「既にラミエルとかいう哀れな生贄に編み込まれた術式があるのだし、失敗しようがないのである」


 アスタはさも当然かのように返答するが、


『いやいや、師よ、何をおっしゃいますかっ! あのアレスをこの地に召喚するだけでも大概なのに、その肉体と魂を強制的に改変してしまうなど、まさに奇跡の御業! 師であればこその成功です!』


 デイモスがすごい剣幕でそれを否定する。

 以前、アスタの魔術の発動を一度見たデイモスから、口をきいてもらいたいと懇願されたので、アスタにデイモスを弟子にするように命じたのだ。アスタ本人は当初は面倒そうだったが、結構面倒見がよいのか懇切丁寧に魔術の手解きをしているようだ。


「赤っ恥をかくから、マスターの前でこの程度のことを大声で褒めるでないのである。マスターからすればこの程度の真似、児戯に等しいのである」


 おそらく本心なのだろう。さも不快そうにアスタはデイモスからの称賛の言葉について注意を促す。


『し、失礼いたしましたっ!』


 デイモスが大慌てでアスタと私に頭を上げてきた。


「いや、私にも異界の生物を召喚して改変するなど無理だぞ。デイモスの指摘は至極まっとうだし、その賛辞、素直に受けておけよ」


 ラミエル嬢の思考をサトリに読ませた結果、彼女の上司は自らを神と名乗るイタすぎる異界の生物であることが判明する。おまけに聖武神と同様、アレスという名らしい。この世界レムリアを神として管理するという妄想に取りつかれていることから、もしかしたらこの世界にアクセスできる異界の生物なのかもしれん。

 アスタはああいっていたが、仮にも異界間の移動だ。少し考えればまさに奇跡と呼ぶに相応しいもの。ラミエルたちの世界の魔術的な発展は相当なレベルなのだろう。だとすれば、上位の存在としてこの世界に何らかの支配を及ぼせる存在はまさにこの世界のものからしたら、神に等しかろう。いわば、未成熟な文明に火を教えるようなものだし、聖武神という名も存外的が外れてはいないのかもしれぬ。


「マスターの出鱈目っぷりなら、やろうと思えば吾輩にも考えもつかぬ方法によって可能とするのである」


 アスタは私がなんでもできる不思議生物のように考えているきらいがあるが、私は所詮剣士。できることとできぬことがある。この手の行為は明らかに私にできぬことに属する事象だろうさ。それを否定してもどうせ、いつものように頑として主張を曲げまい。話を先に進めるとしよう。


「それにしても、本当に自らを犠牲にするとは思わなかったなあ……」

 

 アレスという女は以前、中央教会を通じてルミネの命を狙った勢力の長らしい。私の命で忠告したベルゼバブに強い恨みを持っているようだ。

 私の大切なものを傷つけようとしたのだ。私は敵対するものには一切の容赦はしない。だから根こそぎ滅ぼそうと当初は考えていた。

 しかし、ラミエルの記憶正しければアレスという女はルミネの殺害など命じてはおらず、逆にその手の関与を禁じていたらしい。つまり、配下の暴走だったということ。

 おまけに、この女、相当な配下想いらしく、自らを犠牲にしたラミエルとの魂の交換の術式を施していたのだ。


「ベルゼの脅しでマスターのおぞましさは十分身に染みていたはずである。自ら犠牲になる覚悟があるくらいなら、端から悪の権化のようなマスターに喧嘩など売らねばよいのである」


 相変わらず、言いたい放題だな。悪の権化は流石にないんじゃなかろうか。


「確かに救いようのない程愚かで、将としては失格もいいところだ。だが、そんな馬鹿は嫌いじゃない。」

「本当にアレスなにがしをお猿さんたちの都市の学園に通わせる気であるか?」

「まあな。未熟ながらも、私に正面切って喧嘩を売ってきたのだ。最後まで遊んでやるとするさ。」

「アレスなにがしは、あの天軍最強のデウスの孫。此度の件で天軍とは決定的に決裂することになるであろうが、マスターはそれでもかまわないのであるか?」


 難しい顔でアスタがそう念をおしてくる。まったく、悪軍の次は天軍か。妄想もそこまで突き抜けていると感心するな。


「微塵も構わん。アレスという女はどうやら中央教会のブレーンのような存在らしいからな。組織を抑えるならまずは頭からってところだな。それに、そもそもちょっかいを出してきたのは奴らの方だ。それを理由に喧嘩を売ってくるなら、その天軍とやらを粉みじんに砕くまで」


 アメリア王国王都在住の情報屋、ムジナからの情報では、中央教会には大司教という人間を止めた厄介な奴がおり、そのバックがアレスという異界の生物らしい。ならば、このアレスを利用して中央教会を抑えるのが一番軋轢のない対処というものだろう。

 まあ、それあくまで建前で単にアレスという愚かな女に少々、興味が湧いたというのが本心ではあるわけだが。


「天軍をおサルさんの一組織のおまけの景品のように言うとは……正気の沙汰ではないのである」


 心底呆れたようにアスタは首を左右に振る。

 私は大きく咳払いをすると、


「それで、クロエ学院長、アレスとその従者、二者のオウボロ学園への入学は認められそうかな?」


 学園長であるクロエに向き直ると端的に尋ねる。


「カイ様のご指示通りに手配いたしましたので、ご安心ください。それで……」


 クロエは私の疑問に大きく頷くが、言葉を飲み込んでしまう。


「どうした? 何か言いたいことでもあるのかね?」

「アレスとはまさか、あの聖武神アレスなのでしょうか?」


 うーむ。どうこうたえたらよいものかな。アレスについて説明してもおそらく正確には理解できまいし。だから――。


「心配するな。今は大した力は持たぬ。そうだな、アスタ?」


 適当にごまかすことにした。


「吾輩の術式でここの一般の学生レベルまで存在そのものを改変したのである」


 アスタの普段通りのやる気のない返答に、私たちの言葉に偽りはないと判断したのか、クロエは大きく安堵のため息を吐くと、疲れたような表情で、


「カイ様、貴方は本当に恐ろしい御方です」


 しみじみとそんなひどく人聞きの悪い評価を口にする。


「当然である。マスターほどの恐神きょうじんは他にはいないのである。だから、間違ってもマスターを怒らせるような愚かな真似はしないことである」


 アスタの不躾の忠告にたちまち、クロエの顔から急速に血の気が引いていき、


「も、もちろんでございます! 貴方に逆らう阿呆は少なくとも私の仲間にはいやしません!」


 必死の形相でそう宣言してくる。アスタの奴め、余計なことを! だが、アスタの指摘もあながち間違ってはないか。一度私を心底不快にさせた奴は、どこの誰だろうととびっきりの破滅をプレゼントするつもりだし。


「ならいいさ。計画は順調に推移しているようで、感謝する。今後もこの調子で頼むぞ」


 私は皆に謝罪のセリフを吐くと身を乗り出して、


「では具体的な話を詰めていくことにしよう」


 そう切り出したのだった。

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