第8話 想定外
(結局、全て見捨てる。そういうことじゃないですかっ!)
デウス様への報告の後、アレスはアレスパレスへの謹慎を求められる。あの有無を言わさぬ態度。十中八九、今度は厳重な監視をつけられる。事実上、アレスはレムリアへの関与の機会を失った。
ラミエルが救い出され、レムリアの平穏が守られるならそれもいい。
しかし、デウス様の決断は天軍の総力で攻め入ること。つまり、レムリアを犠牲にしてでもこの世の秩序を守ろうとするもの。天軍の本体があの蠅頭の怪物と衝突すれば、きっと巻き添えとなったレムリアには甚大が損害生じる。下手をすれば今後数千年単位で生物が一切住めぬ死の世界へと変えられる可能性すらある。それでは、アレスが此度報告したことは全く意味がない。いや、むしろ逆効果だろう。
(どうして、私がやることはいつもこう裏目にでるのですっ!)
特に此度のレムリアの諜報活動を進言したタナトス様にはあまりいい噂が聞かない。己の正義を遂げるためなら、あらゆる犠牲を肯定する。そんな御方と聞く。あの御方がただ大人しく諜報活動をするとは思えない。蠅頭の怪物への嫌がらせのため、レムリアという世界に二度と癒えることはない傷跡を残すことは目に見えている。
(こんなことなら、端から腹を括っておけばよかった……)
己の管理するあの美しい世界が壊れていくのを安全な場所で眺めている。そんな事態にだけは絶対にさせない、そう心に誓っていた。だが、それは大きな思い上がりだ。大切なものを守るには力と信念がいる。それらを得るための努力をアレスはずっと怠ってきてしまっていた。少なくとも現時点でアレスは此の件を解決に導くだけの力はない。
(これから、どうすれば……)
そう小声で呟いては見たが、既にアレスが選べる方法は限られている。
すなわち、このまま黙ってアレスパレスで全てを忘れるか、それとも己自身を一か八かの賭けに身を投じるか。前者は失うのは己の管理世界のみで、神民の平穏は守られる。
後者は事実上の博打だ。術式を起動すればラミエル、一人は救える可能性が高い。その代わり失うのは、アレスの今後の
(くはっ! そんなの決まっています!)
既に賽は投げられてしまった。ここで配下や管理世界を見殺しにすれば、アレスはきっと一生後悔する。嘆くだけの人生。そんなのは死んでもごめんだ。
(やってやる! やってやりますよ!)
これは主神としての最後の誇りを守るための戦い。相手は天軍出動案件。未熟なアレスごときが決して勝てるものではないけど、真の卑怯者になることだけは避けることができる。
両拳を握りしめてアレスは己の飛空船の自室へと向かう。
今、自室の飛空船の床にはある立体魔法陣が構築されている。この魔法陣はラミエルに加護と詐称して埋め込んでいた彼女を守るためのアレスのとっておき。この術式を発動すれば、ラミエルの魂とアレスの魂は入れ替わる。そうなればこの肉体にラミエルの魂が帰還し、彼女は救われる。同時に事情を知るシルケットがアレスの肉体にいるラミエルから事情を聴取し、天軍へ報告する。そうなればタナトス様の眷属がレムリアの諜報活動を行う必要はなくなる。おまけにアレスの此度の失態も補える一石二鳥の手。
「本当におやりになるおつもりですか?」
シルケットがもう何度目かになるたっぷりとした非難を含有した疑問を口にしてくる。
計画を打ち明けると案の定、シルケットは激しく反対ししつこいくらい翻意を迫ってきた。その彼をどうにか説得したのは遂先日だ。
「ええ、それが最善の一手です」
シルケットは苦悶の表情で瞼を閉じると、
「わかりました」
神妙な顔で大きく頷き長い詠唱を開始する。同時に、アレスも【
この術式の発動自体は基本アレス一柱でも可能だが、成功率を限りなく100%に近づけるためには他者の魔術の補強が必要なのだ。
シルケットの詠唱が完了し、アレスに視線を向けてくるので大きく頷いて、
「
最後のキーの呪文を口にする。青色の立体魔法陣がアレスを包む。魔法陣を構成するルーンはゆっくりとその態様を変えながらも回転していく。そのとき、アレスを包む魔法陣からルーンが剥がれ落ちてシルケットへ向かっていく。
「ぬ? こ、これはっ!」
シルケットが驚愕の声を上げるのとそのルーンが急速に増幅して血のように真っ赤に染まり、その全身を覆いつくすのは同時だった。
「ぐっ! これも敵からの攻撃ですかっ!」
紅のルーンがアレスを雁字搦めに拘束すると皮膚を貫き浸食してくる。
「ぎぃぃ―ーーっ‼」
神経を直接、切りつけられたような耐え難い激痛が体中を走り抜けて、絶叫を張り上げる。
刹那、アレスの意識はプツンと切断される。
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