第151話 ノースグランド大蝕祭の終息

 キャット・ニャーの広場は、奇妙な静寂に包まれていた。

 今、カイ様の前には最後のボスであった三面の鬼が横たわっている。その全身は眩い光に包まれていた。三面鬼の身体は足から次第に光の粒子となって遂には消えてなくなってしまう。


『まさか……六大将が御方様の眷属となった?』


 耳が痛くなるような静けさを破ったのは、青髪を左右でお団子に巻いた少女アテナ様だった。


『ぐははっ! まさか、こんな展開は予想だにしていなかったな!』


 さも愉快そうに竜の頭部をもつラドーン様も顎に触れつつ叫ぶ。


『まったく我らが御方は我らの矮小な想像を容易に超えてくる!』


 獅子の頭部をもったネメア様が歓喜に身を震わせると、


『今の腑抜けたあの馬鹿じゃあ、相手にすらならないとは思っていたがなぁ。まさか、あいつが俺っちたち側にくるたぁ、しょうみ、驚きだぜ』


 角を生やした三白眼の男が顎を摩りながらぼんやりとそんな感想を述べた。


『御方様が決定されたことだ。むろん、このフェニックスにも不満はありようがない! だが、もし彼奴きゃつが我らが御方様へ不敬な態度をとるなら、この私が直々に引導を下してやろう!』


 右拳を固く握りしめて、朱色の翼を生やした赤髪の青年フェニックス様が声を張り上げる。


『耳が痛い! 大層耳がいたいぞ! 我も御方様と出会った当初は無意味に逆らって嫌というほどボコられたものだぁ!』


 黒色の闇を全身から纏いながら、鼻の長い怪物の集団が姿を見せる。


『それが最も信じられんわけだがな』


 ネメア様のしみじみとした言葉に、


『違いない。心底ろくでもないギリメカラ派の唯一のとりえが御方様への尊信であるしのぉ』


 ラドーン様が半眼で鼻の長い怪物、ギリメカラ様たちを眺めながら揶揄する。


『ふん! 我も未熟だったということよ! そんなことよりも、今から御方様からの神言を伝えーーーーーーーーーる!』


 ギリメカラ様が両腕を広げて大気を震わせる咆哮を上げると、全員無駄話を止めて、耳を傾ける。


『此度の試練はこれで全て終了。皆への労いと新たな神民への獲得につき今晩から大祭を開く。直ちに各自準備にとりかかれっ!』


 ギリメカラ様の言葉に、暫くの静寂後、耳を弄するような歓声が響き渡る。


『祭りじゃ! 祭りぃ! 祭りなら酒じゃなぁっ! のお、酒吞ッ! 貴様のとこでこさえたとびっきりの美酒、振る舞ってもらおうかっ!』


 酒吞様はしかめっ面で髪をガリガリと掻いていたが、


『たっくよぉ。御方様と俺っちたちの派閥との晩酌用に作ってたってのによぉ。ま、致し方なしかぁ。いいだろう。此度、全て放出してやる!』


 右腕を上げるとそう宣言すると、背を向けるとその姿を消失させる。


『これは御方様が主催されるまつりだッ! 準備万端にしなければならん! 各自、用意にとりかかれいっ!』


 ギリメカラ様が叫ぶと、


『はっ! 貴様が仕切るでないわいっ! じゃが、うむ、儂も領域でとれた飛び切りの果実と肉を献上しようかのう』


 ラドーン様も他の竜の方々とともにこの場から姿を消す。



『フェニックス様、我らの派閥は大祭の輸送の整備を行いましょう』

 梟顔の御老人がフェニックス様に進言すると、


『うむ、御方様がいらっしゃるのだ。各自、気張って作業に従事せよ!』


 のけぞり気味にそう指示を出す。


『フェニックス様は、いかがなされるので?』


 梟顔の御老人がピクリと眉をあげつつも尋ねるが、


『むろん、私は臣下として御方様の御傍に控えるのよ!』


 さも当然のように即答するフェニックス様。梟顔の御老人の額に太い青筋が張り、その体躯が倍に膨れ上がる。そして、


『フェニックスぅぅ~~貴様とはもう少しよく話し合う必要がありそうだなぁ』


 両手をバキバキと音を立てながら、後ろ襟首を掴むと姿を消す。他の背に翼があるお歴々も次々に姿を消失させた。


「じゃあ、妾は料理を作るでありんす!」


 九つの尾を持つ美しい女性が耳をピクピクとさせつつ、興奮気味に宣言すると、


「私も手伝いますわ」


 肌の露出度が著しい赤色の衣服に身を包んだ美女も手伝いを申し出る。


「わたくしも、作るですの!」

「止めておきなさい! 死人がでるわっ!」


 周囲の女性たちが必死にそれを制止すると、


「なんですの。美味しい料理を作って差し上げますのに」


 しゃがみ込んで地面を人差し指でいじり初めてしまう。そんなアテナの右手首を掴むと赤色の衣服を着た美女たちも姿を消す。


「ギル、終わったの?」


 シャルが躊躇いがちに尋ねてくる。


「そのようだね」


 大きく息を吐き出して額の汗を拭う。正直、あまりにすごすぎて何が何だかよくわからなかったのが正直なところだ。あの方々の戦闘は僕らのような底辺の実力しかないものからすれば、皆等しく理解できないほど途轍もないとしか言いようがない。多分、蛙に過ぎない我らからすれば大きな湖だろうと、大海だろうと大差なく大きいのと感じるのと同じことなんだと思う。


「一つお聞きしたいことがあります」


 キージが神妙な顔で姉上に向かって語り掛ける。


「なんです?」

「ハイネマンの名を持つ人間に私たちは依然関わりがあるのです。あの御方は――」


 言葉に詰まるキージ。おそらく言葉にすることが不敬だと考えてのことだろう。


「きっと貴方の御想像の通りですよ」


 疲れたような笑みを浮かべながら、そう返答する姉上にキージは何度か頷いていたが、僕らをグルリと見渡して、


「皆、カイ様が我らの新たな魔物の国のために祭りを開いてくださるっ! 我らも手伝いに加わろうっ!」


 今度こそ広場に集まっていた魔物たちから一斉に割れんばかりの歓声が上がる。


「ギルッ!」


 シャルが僕の右腕しがみ付いて見上げてくる。


「シャル……」


 僕はシャルを抱きしめて、この数か月、いや、ずっと今まで見ていた悪夢が晴れていくのをこのとき実感してたのだった。


 ――悪軍本部壊滅


 ギルバート・ロト・アメリアは怪物カイ・ハイネマンの試練を突破し、ノースグランド大蝕祭はここに終息する。

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