第145話 悪夢の連鎖 アスラ
アスラ派の戦武者たちは、悪軍でも屈指の死さえ恐れぬ戦闘集団。アスラとともに幾多の戦場で数多くの天軍の幹部共を屠ってきた。まさにこの世の誰もが認める絶対的強者。それは紛れもない事実だった。今アスラの眼前で広がるこの無慈悲な光景をみるまでは。
『い、嫌だぁーー!』
断末魔の悲鳴を最後に、二足歩行の蠅の怪物に頭から齧られて絶命する将官。
『た、助け――』
懇願の声を上げるが、二足歩行の蠅の怪物にその頭部を引き千切られる将校。
『ひいいぃぃっ!』
背を向けて逃げようとした将校の胸の中心に、蠅の怪物の右手の鉤爪が突き刺さり、血を吐いて脱力する。
無双を誇ったアスラ派の戦武者たちは既に戦意を完璧に失い無様に二足歩行の頭部が蠅の怪物から逃げ惑い、一切の抵抗も許されずその命を摘み取られていく。
死さえも恐れぬ戦士に恐怖を呼び覚ましたのは、まさにこの圧倒的ともいえる戦力差にある。己の命を賭して目的を遂げることは戦士の誉。己の命が必ずや将の勝利の一助になる。そう信じるからこそ、戦士は命を賭けられるのだ。だが、それがただの無駄死となれば話は変わってくる。
いかなる戦士でも己が成す術もなく無様に朽ち果てる覚悟など持ち合わせているわけがない。もし、そんなものを持っているとしたら、そいつはただの頭のおかしいバトルジャンキーだけだ。
とはいっても、ここまでなら、アスラもまだどうにか踏みとどまられたのかもしれない。まだ、誇りを失わなかったのかもしれない。
しかし、現実はとことんまでアスラたちにとって非情だった。
『うーん、認識を改めねばならないね。お前らは蛆よりずっと弱い』
後鬼の胸倉を右手で掴んで持ち上げながら、ブーンブンは侮蔑の台詞を吐く。
『ば……けもん……め』
後鬼の左腕は根本から千切れており、胴体は傷だらけであり、臓物が見え隠れしている。もはや、満身創痍は明らかだった。そして、それは後鬼だけではない。
『兄さま、兄さま、こんなのと一緒にされては蛆に失礼だよぉ』
全身が不自然なほど腫れあがり、ピクリとも動かずに俯せに倒れ伏す前鬼の背に腰を掛けているウジコが、握った両手を口にあてながら、ご機嫌そうに己の意見を述べる。
前鬼と後鬼には超自然回復能力があるが、肉体の修復にはそれなりの間が必要だ。その間をこの怪物どもが指を咥えて待ってくれるほど甘い存在にはどうしても思えなかった。
『ブーンブン、ウジコ……これは我らが至高の御方の命。如何に相手が雑魚であっても、過信はするなとあれほどいったはずですのに。でもまあ、――天下の六大将がこの体たらくでは無理もないかもしれませんね』
アスラの戦闘技術は悪軍でも屈指だ。なのに、アスラの渾身の蹴りも、山さえも砕く拳打も、斬れぬものがない愛刀による斬撃も、アスラが最も得意とする鬼術最大の禁術も、
『まさか、ベルゼバブは、お前らよりも強いのか?』
信じたくはない。ないが、もし、前鬼、後鬼、六大将のアスラを虫けら扱いしたこの怪物どもよりも、ベルゼバブが強いとしたら、もはや、そんなバケモノに勝てるものは悪軍であってもあの御方しかいなくなる。
『我らと父の強さを比較するとは、実に愚かなっ! 我らの強さなど父に比べれば、まさに、蛆にすぎません! 何より――』
そのアスラの疑問を
「どうにも、実力差があり過ぎて、大して楽しめなかったな。なあ、ベルゼバブ、こいつが本当にアンラの仲間のアスラなのか?」
この火事場のような状況に相応しくない緊張感皆無の声が聞こえる。そのやや落胆した声の先に視線を向けると、傍で跪く王冠を被った巨大蠅とともに、人間と思しき黒髪の少年が、長刀を片手に佇んでいた。
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