第144話 甘すぎる想定 アスラ

 伝説の悪の大神、ベルゼバブ。まだこの世が悪と善にすらわかれていなかった頃に猛威を振るった太古の悪神。

 曰く、ベルゼバブを邪悪の化身として討伐しようとした太陽を司る大神の勢力を一夜にして滅ぼした。

 曰く、ベルゼバブに弓を弾いた過去に最大の権勢を誇っていた混沌を司る大神の一族を根こそぎ滅ぼした。

 曰く、運が悪くベルゼバブの巣の近くで争った英雄神と魔神の軍隊を一柱の残らず食い殺した。

 曰く、無限の生と死を持つ最悪、最低、最強の悪の魔神である。

 まさに、六大将アスラすらもドン引きするような悪の所業により、この世のあらゆる勢力が関わることを止めたこの世に存在する数少ない厄災の一つ。

 どういう経緯かは不明だが、結局、あの悪名高きダンジョン、【神々の試煉ゴッズ・オーディール】へ封印されてしまう。あの怪物をどの勢力がいかなる方法で封印し得たのかは、天、悪双方の陣営でそれぞれ固有の逸話が語り継がれている。

 過去から現在、誰もが認める悪の中の悪、最強の悪の大神がベルゼバブだ。

 もっとも、当時のまだ若く弱かった己ならともかく、アスラは今や悪軍最高戦力たる六大将だ。例え、あのベルゼバブであっても、十二分に戦えるし、奴の配下ごときなど相手にすらならない。あくまで、敵はベルゼバブ、ただ一柱ひとり

故にあんなベルゼバブの子を名乗るものどもごときに苦戦などするわけにはいかない。

 もちろん、奴らはアスラ派の戦武者どもの一柱をあっさり屠ったのだ。戦武者どもでは、あのベルゼバブの子蠅どもには勝てはしないだろう。だが、あの浮遊する蠅ならば十分勝利することも可能なはずだ。

 後は役割分担だ。アスラが前鬼と後鬼とともに、ベルゼバブの三匹の子蠅共を無理なく屠り、他の部下たちが今も浮遊している巨大蠅を殺す。

 そして、アスラの全勢力を以て本体のベルゼバブを叩く。これが最も勝算のある戦い方だ。

 アスラが配下に命令を発するべく、息を大きく吸い込んだとき、


『お前ら、食事の時間だ』


 ブーンブンが首をコキリッと鳴らすと、両手をパチンと合わせる。空中に浮遊する巨大蠅どもの体表がボコボコと盛り上がり、両手両足が生えて頭部が蠅の二足歩行の怪物が出来上がった。


『へ、変化へんげした!?』


 一柱ひとりの将校が驚愕の声を上げたとき、その二足歩行の蠅の怪物の一匹の姿が消失する。


『は?』


 間の抜けた声を上げるのと、二足歩行の蠅の怪物がその将校の背後の影から湧き出てくるのは同時だった。二足歩行の蠅の怪物はその将校の頭部を背後から鷲掴みにする。


『ぐぎぎがぎぎぎぎぎぎくががががっっーー!』

 

 奇声を上げつつも頭部を掴まれた悪軍将校の全身の皮膚がボコボコと泡立ち、溶けていき、球状の肉の塊へとなり、プシュンと破裂する。そして、破裂した肉の球体から這い出してくる一匹の巨大蛆。それが急速に孵化して、巨大な蠅となり、さらに蠅の二足歩行の怪物へと変貌していく。


『うぁ……』

『バ、バケモノぉッ!』


 その将校の悲鳴にも似た絶叫を封切りに、二足歩行の蠅の怪物どもは、一斉にアスラ派の戦武者たちに襲い掛かる。

 そして、アスラのその甘すぎる想定は――蠅の大神により粉々に砕かれ、現場は阿鼻叫喚の地獄と化す。

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