第134話 ただの現実を知らぬ馬鹿

 マユラ悪宮殿、セントラルホール。ここは悪軍大将アンラ・マンユの居場所へと伸びる居城の中でも最重要の拠点。故に、そこに配置されている悪軍は本来尋常ではない強度である。例え、天軍の高位神であったとしても、突破は難しい最難所。それが、たった今、最悪の怪物による襲撃を受けていた。


『死ねぇ!』

『チェストッーー!』


 長い爪を持つ黒服の軍服を着た最精鋭の守護兵が、左右から床を疾駆して異様に刀身の長い剣を持った黒髪の少年に襲い掛かる。その両手の鋭利な爪がその少年の頭部に振り下ろされるが、あっさりと躱される。そして――。


『え?』

『はれ?』


 間の抜けた声を上げつつ、長爪の黒服の守護兵たちは頭から二つに縦断されて床に落下した。

 仲間の死にも動じすらせずに背後から迫る小柄な三柱の守護兵に、黒髪の少年は振り返り様に一線する。顔から真っ二つに切断されて屍と化す守護兵どもを一瞥すらせずに、黒髪の少年が歩みを再開したとき――。


『構えッ!』



 ホールの奥から隊列を組んでいる怪物の紋章の入った黒色のローブを着用した守護兵たち。彼らは一斉に黒髪の少年に右手を向ける。


『放てぇっ!』


 赤、青、黄、緑、黒、白、茶、色とりどりの光線が黒髪の少年にグネグネと曲がりくねりながら高速で迫る。彼に衝突する直前、いくつもの光の線が少年の周囲の空中を走り抜ける。そして、その光線は時を遡行したかようにグニャグニャと曲がりながら、それらを放ったローブの集団へと返っていき――爆発を起こした。

 瞬きをする間に、致命傷を負った怪物の紋章の刺繍のある黒ローブの集団。唯一難を逃れた最後列で指揮を執っていた黒ローブの守護兵の隊長が、茫然自失で虫の息の部下たちを見下ろし、顔を上げると――。


『ぐひぃっ!?』


目と鼻の先には最悪の怪物がいた。体中の血液が逆流するほどの恐怖により、黒ローブの守護兵の隊長が逃げようと背を向けたとき、その体はバラバラの肉片となって地面へと落下する。


「なんだ、この手ごたえのなさは?」


 黒髪の少年が不快そうにボソリとそう独り言ちる。


「マスターが手応えを求めるのがそもそも間違いである」


 隣の黒色の異国の衣服を着た女が呆れたようにツッコミを入れる。

 屍の山を前に、最後の大扉を守る百戦錬磨の守護兵たちは、


「バ、バケモノ……」


 カタカタと小刻みに震えながらも、後退る。


『軟弱者にぃ、生きる価値なーーーしぃッ‼』


 突如生じた化粧をしたスキンヘッドにずんぐりむっくりした巨大な怪物が金棒で、その後退りをした守護兵たちを薙ぎ払う。


『こんな雑魚っぽい餓鬼に、ここまで侵入されたってか? 全くもって使えねぇ奴らだ』


 同時に蝙蝠の羽を生やした小柄なマスクをした男が空中に浮遊しながらそう吐き捨てると、


『まあ~まあ~、それでぼぎゅらの遊びが増え~~るんだしぃ~~、それは~、それでぇ~、いいんじゃないかなぁ~~』


ナメクジの頭部に真っ白なローブを着た怪物が忽然と姿を現し、間の抜けた声を上げる。


『それにしても、こいつ、全く強さを感じないわぁ! こんな雑魚になぜアンラ様はあたしら、六大魔神を向かわせのかしらぁ?』


 スキンヘッドにずんぐりむっくりした怪物が、黒髪の少年を見下ろしながら首を傾げる。


『なんでも、ベルゼバブの眷属が攻めてきた可能性があるってことだ』

『こんなのがぁ~~、あの厄災の眷属ぅ~~っ⁉』


 ナメクジの頭部の怪物が素っ頓狂な声を上げた途端、黒髪の少年は右手を挙げると、


「ベルゼ、私は構わんよ。何より、雑魚扱いされるのも久しぶりだ。こいつらは随分と期待が持てそうだ」


 僅かに期待のこもった声を上げる。


「いやいや、マスター、そいつらはただの現実を知らぬ馬鹿である」


 黒色の異国の衣服を着た女が顔の前で右手を左右に勢いよく振ってそれを否定する。

 黒髪の少年はそれを無視して、


「では、さっそく殺し合いを始めよう」


 長い刀身の刀剣の峰で右肩を叩きながら、そう口にしたのだった。




 

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