第135話 お前らも、弱者しか傷つけられぬクズということか

 邪悪の中の邪悪、悪軍の最高戦力悪軍六大将には、必ず己の神話体系を代表する少数の側近、『麾下王』たちがいる。彼らはあるときは六大将の手足となってその命を実行し、ときには六大将の盾として守護する。その強度はまさに、この世の最強の一角。こと戦闘能力だけなら、此度現界したフォルネウス以下の三中将すらも優に超える。アンラ・マンユが誇る最側近たちが、六大魔神である。

 もっとも、『麾下王』は六大将の有する力の象徴。六大将の力、そのものと扱われるため、悪軍の指揮系統とは完全に分離しており、実際に天軍との戦争に出ることなど皆無に等しい。つまり、軍の頂点である六大将を守護することに特化した常備の実行部隊、それが『麾下王』であった。

 六大魔神が動くとき、通常、アンラ・マンユの敵側の完全消滅を意味する。少なくとも、甚大な損害を受けることは必至。それが例え、天軍最強の六天神であったとしてもアンラ・マンユの居城に攻め込むのに、六大魔神を視野に入れぬものはない。六大魔神とはそれだけの脅威なのだから。

 その自負故に、アンラ・マンユから侵入者の排除を指示された六大魔神である、四柱――スラッグマン、五柱――タルタルSソール、六柱――バッドラグの三者は、己の感覚に従い目の前の黒髪の少年が取るに足らない存在とみなしてしまう。六大魔神たちにとっては、マユラ悪宮殿を守る守護兵たちすらも含め、道端の蟻と同様、取るに足らない存在にしか認識できないわけであるし、その判断はある意味無理もないことといえる。

 だが、いかんせん。今、マユラ悪宮殿を攻めているのはこの世の理不尽であり、常軌を逸した怪物である。その致命的な勘違いをした時点で、彼らの運命は既に決していた。


『こんな雑魚ども相手に、オレたち全員が相手する必要はねぇ。お前らで処理しろよ』


 蝙蝠の羽を生やし、マスクをした男バッドラグは大きな欠伸をしながら、傍の柱に寄りかかると、両腕を組む。


『じゃあ、じゃあ、ぼぎゅがぁ~これを貰うことにするよぉ~~』


 真っ白なローブを着たナメクジの頭部の怪物スラッグマンは、触覚のような器官を忙しなく動かしつつ、床のタイルの隙間に潜ると黒髪の少年の背後に突如出現して、そう宣言する。


『あたしぃは、その女の処理をするわぁ。全く強そうには感じないけどぉ、役立たず共には勝ったようだしぃ、あたしのストレス解消くらいにはなってもらえるわよねぇ?』


 ずんぐりむっくりした怪物、タルタルSソールが、黒色の異国の衣服を着た女へと近づき、巨大な金棒を眼前に向けながら、悪質な笑みを浮かべてそう問いかける。


「だ、そうだが? アスタ、お前はどうする? 私一人で全て処理しても一向にかまわんそ?」

 

 黒髪の少年はまるでピクニックでも行くかのようにご機嫌に声を弾ませながら、異国の衣服を着た女、アスタに問いかける。


「大きなお世話である。というか、この哀れな生物に世の中の残酷さを教えるのも一興である」


 アスタは肩を竦めると憐憫の視線を向けながら首を左右にふって黒髪の少年の提案を拒絶する。


『クソ生意気な女ねぇ。ここの兵隊を殺して勘違いしたんでしょうが、あたしたちからすれば、あんたなんて――』


 蟀谷に太い青筋を張らせながら口にするタルタルSソールの言葉を、


「その手の雑魚フラグはお腹いっぱいで間に合っているのである」


 アスタは右の掌で制して、そう言い放つ。


『小娘がぁ! もう後悔しても遅いわよぉッ! その小奇麗な顔をグシャグシャに潰してやるわぁっ!』


 タルタルSソールが激高し、アスタも口角を吊り上げて両手をゴキリと鳴らす。


「うむうむ、この我が命を賭した緊迫感! これこそ闘争! これこそ戦だ! この巡り巡った久方ぶりの真剣勝負、私も出し惜しみはすまい。本気を出すことにしよう!」


 黒髪の少年が妙に弾んだ声で、左手で右手の長手袋に手をかける。


「ま、待つのであるっ!  そんなことをしたら――」


タルタルSソールなど眼中にもないかのように、アスタは大慌てで黒髪の少年に制止の叫び声を上げる。


『敵前で脇見をするとは――』


 タルタルSソールの顔中に幾多もの青筋が張り、金棒を振り上げてアスタの脳天に振り下ろそうとしたとき――。


『お、おい、何か変だぞっ!』


 柱に背を持たれて傍観していたバッドラグが妙に裏返った声を上げる。

 刹那、黒髪の少年の全身から漏れ出る濃厚で濁流のような黒と赤の闘気。それらは少年に絡みつき、一匹の怪物のような形を作り出していく。


『……』


 そのイカレきった光景を目にし、眼前にいたスラッグマンの全身から急速に血の気が引いていき、カタカタと身体を小刻みに震わせ始める。


「あーあ、結局こうなったであるか」

 

 アスタのどこか諦めた声を契機に、その怪物の形の闘気はまるで天へと咆哮するかのように口を上へ向ける。次の瞬間、闘気が弾けて同心円状に吹き荒れていく。


『あばばばばばばばばばば――』


 その闘気を全身で浴びただけで、タルタルSソールは両膝を床について恐怖に顔を引き攣らせながら、金切り声を上げ始めた。


「これが私の本気だ! さあ、魂の沸騰するような闘争をしよう!」


 刀身が異様に長い刀剣を構えると、黒髪の少年はそんな歓喜の声を上げる。

 ――もっとも……。


『このぉ、ばけものーーぉぉぉぉぉっ!』

『バケモノォォッ!』

『バケモンがぁっ!』


 ――黒髪の少年のそれに応じるような勇猛果敢なものはこの場にはもはやどこにもいなかったのだ。


 まず動いたのは、スラッグマンだった。声を張り上げた直後、眼前の正体不明の怪物から逃れるべく、床のタイルの隙間に身を潜ませようとする。

しかし、黒髪の少年が右足で床を踏みつけると、黒と赤の闘気がスラッグマンの全身を覆いつくして、その上半身だけが床に生えた状態で固定されてしまう。

 黒髪の少年はスラッグマンに近づくと、


「見たところ、隙間を移動する力か。面白い能力ではあるが、戦闘向きではないな。ほら、こうして大地を踏みつけるだけで移動を防ぐことができる」


 見降ろしながら、そんなありえないうんちくを垂れる。

 そうだ。これは絶対にありえない事象。あれは、スラッグマンの能力、『隙間繋ぎ』。隙間の空間を強制接続して移動する超常の力だ。通常物理的な干渉をいくら加えられたところで、その能力の発動を防げるはずがないはずだから。つまり、この黒髪の少年の先ほどの踏み込み自体に何か不可思議な力が込められていたことを意味する。

 しかし、そんな真似、例えスラッグマンたちの主神たるアンラ・マンユでさえも、できるとは到底思えない。


『……』


 唖然とした顔で黒髪の少年を見上げるスラッグマンに、


「私に小手先の技は効かぬ。いい加減、本気を出せ。さっきもいったはずだ。これはお前たちと私との誇りと魂を賭した闘争だと」


 黒髪の少年は有無を言わさぬ口調で告げると、


『だずげで……』


 スラッグマンは懇願の声を上げる。その言葉を耳にした途端、黒髪の少年の両眼が驚きに見開かれて、


「まさか、お前、それが全力なのか?」


 前かがみとなってスラッグマンに顔を近づけて、片目を細めて疑問を投げかける。


『……』


 何度も顎を引いて答えるスラッグマンに黒髪の少年は頬をピクリと動かすと、タルタルSソールとバッドラグに視線を移す。


『ヒィっ!』


 たったそれだけで、タルタルSソールは小さな悲鳴を上げて仰け反って、バッドラグは歯をガチガチと打ち鳴らし、両膝を震わせる。

 黒髪の少年はギリッと奥歯を噛みしめると、


「お前らも、弱者しか傷つけられぬクズということか」


 そう吐き捨てると、長い刀身の刀剣を一線する。

 スラッグマンの首がズルリッとズレていき、地面に叩きつけられる。

失った首から噴き出る緑の血液が噴水のように石床に降り注ぐ、その凄惨な光景を目にして、絶叫をあげつつタルタルSソールとバッドラグはその場から一目散に逃げ始める。

 忠誠心はあっけなく強烈な生存本能に塗り替えられて、本来の主神の命を無視して逃亡する二者。その姿を黒髪の少年は眺めながら、背中の鞘を取り外すと刀身を収める。そして柄に右手を当てると――。


真戒流剣術しんかいりゅうけんじゅつ一刀流、ノ型――毒蜘蛛の巣アラクネ


 言霊を紡ぐ。刹那、悲鳴一つ上げることすら許されず、タルタルSソールとバッドラグの全身は四つに切断されて、地面へと落下してしまう。


「結局これか……最奥でさえこの程度の雑魚しかいないなら、この先も過大な期待をしないことが吉かもしれんな」


 黒髪の少年はボソリッとそう呟くと歩き出す。その主の横顔を見たアスタは一瞬、悔しそうに顔を歪めると、その後をついていく。


     

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