第81話  避難計画


『予知夢だと? そんなもの信じられるものかっ⁉』


 案の定、サイクロンが憤怒の表情で叫ぶ。


「でも、真実だよ。このままいけば間違いなく僕らは皆殺しになる」


 僕の主張を、


「別にギルさんやキージさんの言葉を疑っているわけじゃないんですが、流石に夢を見たという事実だけで、闇雲に避難してこの都市を放棄するのはオイラも反対です」


 普段僕よりの主張してくれるリザードマンの青年も強く拒絶する。


「そうね。例え逃げても断崖絶壁に阻まれて私たちは逃げ場のない不利な状況に追い込まれる。それならこの都市の防衛力をフルに生かして撃退した方が遥かに生存率は増すってもんよ」

「無駄だよ。この都市の防衛システムでは魔王軍の進軍を防げない」


 僕らは見張りが襲来を確認してから即座に行動に起こした。それでも対策を練るべく集合することもできずに奴らに皆殺しになってしまったんだ。奴らがこの都市に来たらジ・エンド。そう考えるべきだろう。


『だから、お前の夢、それ自体が信じられん。そういっているだろっ!』

 

 サイクロンが立ち上がり、激高してくる。それを契機に、次々に列席していた魔物たちから僕の案への拒絶の言葉が飛ぶ。まあ、僕が彼らの立場でも、到底信じることはできなかっただろうし、当然の反応ってやつだ。

 今まで両腕を組んで沈黙を守っていたオルゴが閉じていた瞼をあけると、


「そいつらはいつ来るんだ?」


 思ってもいない疑問を口にする。


『オルゴ! お前、こんな荒唐無稽の話、信じるのかっ⁉』


 サイクロンの至極当然の問に、


「まあな、キージやチャトから聞いていたし、真実なんだろうさ」


 即答するオルゴ。


『予知夢だぞっ⁉ そんな能力聞いたこともないっ!』

「それはそうだろうさ。ギルは人間族だからな。我らにとってあずかり知らぬ能力はある。何より、そんなギルの非常識な能力を、俺たちは今まで散々目にしてきた。そして、その中に予知の能力もあると既に聞かされていたはずだ。むしろ、俺はお前たちがなぜギルを信じないのかが不明なんだがね」

『だが、偽りだったら俺たちは著しく不利な立場に置かれることになるっ!』

「もしその予知夢が真実なら俺たちは全滅する。それこそギルのいうように、一魔ひとり残さずな。要するにだ。俺たちが選択する必要があるってわけさ」


 オルゴは一度言葉を切ると、グルリと部屋中の魔物たちを見渡す。


『オルゴ、もったいつけんな。何を選択するってんだ?』


 今まで沈黙を守っていたクロコダスが妙に冷静な口調でそう尋ねる。


「ギルを信じて避難を慣行するか、それともギルを信じず、この都市に留まるかだ」

 

 静まり返る室内で、


「そう……ですね。オイラはギルさんを信じますよ。この都市をここまで発展させて魔物たちをまとめ上げたのは、ギルさんです。そのギルさんがこの都市に留まるべきじゃないというなら、信じるべきです」

「そうね。どっちもリスクがあるなら、私もギルを信じる方をとるわ」


同席する魔物たちから飛ぶ僕を信じるという声。

正直、こうも簡単に僕の言葉を信じるとは夢にも思わなかった。だからだろう。目頭が熱くなるのを感じながら、


「もう皆、気づいているとは思うけど、この避難はただの時間稼ぎにすぎない。何せ、奴らに追いつかれたら負け。そして、断崖絶壁によって僕らの退路は防がれてしまっている」


 話を先に進めた。


「ギル、この難局、お前はどうすればよいと考えている?」

「避難すると同時に、今からいう二者を探し出し、協力を求めるのさ」

『その一魔ひとりがルー殿か?』


サイクロンが確認してくるので、


「少なともルーさんは僕よりも強い。だから、彼を探すことは必要だ。でもきっとそれだけじゃ足りない」

 

 即座に大きく頷く。


「さっき話した夢の最後に出てきた存在だな?」

「そうさ。あの夢で彼は虫でも踏みつぶすかのようにアルデバランたちを葬った。彼の協力を得られればすべてが上手く解決できる」


相手はアルデバランの背後にいる存在どもだ。より確実な勝利を掴むにはあの最強の存在の協力が必要不可欠。

そして、この難題のクリアの条件は次の三つ。

 まず、第一の条件は彼を見つけられるか。第二の条件、見つけたとして彼を説得できるか。第三の条件、彼を見つけるまでキャット・ニャーの全魔物が無事でいること。

 もちろん、これにルーさんの協力を得られれば、より勝利に近づく。そして、僕らはこの地獄のような状況から抜け出せるってわけだ。


『その最強の存在とやらは魔物か、人間どもか、魔族か、それとも……神か? お前はどう考えている?』

「強さだけでいうなら、一番近いのが神……だろうね。だけど、きっとそれも違うと思う」


 もし、神なら一人間の僕の死であんな悲しそうな顔などしやしまい。感情豊かで傲岸不遜、そして情に厚い。完璧、完全なものが神ならば、あの不完全さは神というより、むしろ――。


『偶には他力本願っても悪くあるめぇよ。儂はギルの案に賛成じゃ!』


猿の頭部を持つ魔物が両方の太ももを両方の掌で叩くと、勢いよく立ち上がる。


「俺は端から賛成だったぜ!」


 チャトも立ち上がり、次々に立ち上がり声を張り上げる。


「では、今から協力者を探すチームと魔物を避難するチームに分ける。各自速やかに動いて欲しい!」

「「「『『『おう!』』』」」」


 咆哮を上げて、僕らの作戦は開始された。



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