第80話 新たな策戦
水底から意識が浮かび上がっていくような独特な感覚の中、僕は寝返りをうつ。
あれはいつもの最低下種野郎の記憶。ただ、一気に莫大な情報を無理矢理、頭に詰め込まれたような強烈な不快感に顔を顰めながら、寝ぼけた頭で状況確認を開始する。
(僕は新都市完成の式典に出席して……)
ぼんやりとした記憶が次第にはっきりとしていき、全身の血の気が引いていき、慌てて上半身を起こすと、目を大きく見開くシャルの顔。そのいつもの無邪気で優しそうなような彼女の表情を目にして、
「シャルッ!」
僕は強烈な安堵感から彼女を抱きしめていた。だってそうだろう? 彼女が生きているということはあの悲惨極まりない現実が、僕の夢に過ぎないということなのだから。
「ギ、ギル? どうしたの?」
慌てふためくシャルに構わず僕は彼女を抱きしめ続けた。
ようやく嵐のような気持ちが収まったとき、ひどく真剣な表情のターマとキージから説明を求められる。
「やはり、以前の予知夢ってやつか……」
キージがひどく難しい顔で、右手で頭を掻きながら、ボソリと呟く。
「私が魔王軍に捕まって首を刎ねられる……ぞっとしないわね」
「同感だ。で、ギル、お前からみて、魔王軍には勝てそうなのか?」
「いや、多分どうやっても僕らでは無理だよ。あれは魔族どころか生物ですらなくなっていた」
「お前の最強の存在を模倣したお前であってもか?」
「ああ、相手にすらならないと思う。おまけにアルデバランの裏にもっと大きな存在がいる」
何せ僕の考えられる最強の存在に模倣してもアルデバランに敗北した。しかも、アルデバランはあのフォルネウスとかいう魚の頭部の怪物に服従している様子だった。奴らがアルデバラン以上の力を持つのはまず間違いない。
これはある意味確信している事実。あれに僕らは絶対に勝てないということ。
「マジかよ……だとすると、そいつらは、その最強の存在より強いってことだよな……」
このブーの言葉はある意味この話の流れから、当然に行き着く著しく誤った結論。
「いや、夢の最後で僕が模倣した彼に、アルデバランは一蹴りで殺され、奴らが仕えている存在どもも多分、皆殺しになった」
フォルネウスは、黒髪の少年に殺されたと思しき三面の鬼の頭部を目にしてかなり動揺していた。おそらく、『様』付けで呼んでいたことからも、あれはフォルネウスより上位の存在だったのだと思う。アルデバランたちの仕えていた存在どものボス。どうやっても僕らには勝利し得ない絶対的強者。それは間違いない。
しかし、あの絶命していた三面の鬼の顔は全てとびっきりの恐怖と絶望により引き攣っていた。十中八九、あの黒髪の少年の手によって文字通り、この世の地獄を見たのだろう。その事実こそが、彼の発言が嘘偽りのない真実であることの証明だ。
「一蹴りで……」
絶句するキージとターマに、
「ならなんで、その最強様を模倣したお前がアルデバランに負けるんだ?」
ブーが眉を顰めて尋ねてくる。きっと、ブーはまだ僕の夢について微塵も信じちゃいまい。キージとターマの手前、話を合わせているだけだと思う。
「きっと、僕の模倣の能力には限界があるんだと思う」
最初から違和感はあったんだ。あの最強の存在を模倣しても使用できるのはあくまで僕自身の体術と僕が最初から覚えていた魔法のみ。彼の技や術を使えたわけではない。
そもそも僕の能力は他者に完全になりきること。他の人物を模倣した際には、しっかりそのものの能力さえ再現が可能だったことからもこれは明らかと言って良い。
要するに、あの最強の存在たる黒髪の少年だけは、僕の能力でも模倣しきれず、著しく不完全な模倣が成立し、身体能力のみが著しく向上する結果となったんだと思う。
「とにかく、これからどうするかだ。あのギルで勝てぬのなら、俺たちの誰もが無理だ。何より、俺たちは全員、首を落とされていたのだろう?」
やや脱線した話をキージが強引に元に戻す。
「ああ、魔王軍がこの都市に侵入した時点で、僕らの敗北は決定する」
アルデバランにさえも僕は勝てない。もし、フォルネウスまで参戦すればもう抗う術などない。この都市の魔物は全て皆殺しとなって、確実にこのキャット・ニャーは滅ぶ。
「だとすると、タイムリミットはあと三日ってわけ?」
苦虫を潰したような顔で尋ねてくるターマに、
「ああ、残された時間と策は限られている」
僕らだけではアルデバランとその背後にいる存在どもには絶対に勝てない。いや、これは僕の勘だが、あれらに勝てる存在自体が限られている。
まずはルーさんだ。あの
間違いなく勝てる存在はこの世界に一人だけ。あの絶対的強者たる黒髪の少年だ。あの夢が予知夢であるなら、黒髪の少年はフォルネウスのボスすらも雑魚と言い切ったのだ。危なげなく奴らを黄泉へ送ってしまえる。
最後のあのどこか悲しそうで悔しそうな表情からも、彼はあの結末を望んじゃいまい。上手く交渉さえすれば手を貸してくれる可能性がある。
だとすれば、最優先はあの黒髪の少年へのコンタクトをとることだが、それが一番難解と言って良い。なにせ、どうすれば会えるのか、皆目見当がつかないんだ。
とりあえず、まずは最低でも時間稼ぎをしなければならない。
「最優先は、この都市からの住民の避難か」
キージが両腕を組んで唸り声を上げる。
「うん。あとはどこに逃げるかだけど……」
奴らに攻め込まれた時点でこちらの負けは確定する。その前にここから住民を逃がさねばならない。
この点、北部は奴らの支配領域であり、まず逃げるのは自殺行為だ。だとすれば、南側に逃げるしかないが――。
「南部しかないが……あの絶壁に阻まれるか……」
「確かに……最悪ね」
このキージとターマの言葉がすべてを物語っていた。
そうだ。このノースグランドの南は断崖絶壁により、阻まれている。逃げてもいずれ崖により逃げ場を失ってしまう。つまり、いずれにせよ魔王軍の襲来までの時間稼ぎ程度の意味しかない。その間にあの最強の存在たる黒髪の少年を発見し、今回の事件解決の依頼をする。それしか、このキャット・ニャーが生き述べるすべはない。
「それでもやらなきゃならない。できなければ、僕らは全滅する」
あれが予知夢だとすれば、チャンスはもう一度切り。二度と失敗はできない。
「ギル……」
ギュッとシャルが僕の右腕にしがみ付いてくるので、安心させるべく何度かその頭をそっとなでると、
「大丈夫。大丈夫さ」
自分に言い聞かせるように何度も繰り返す。
そうだ。失敗すれば僕は彼女を失う。キージやターマ、チャト、ブーを失う。キャット・ニャーの皆も失う。もうあんな思いをするなど絶対にいやだ。僕はやり遂げねばならない。例え、この僕の身がどうなろうとも――。
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