第79話 それは多分、僕の歯車が狂ったきっかけ


――仮登録の範囲内で正当眷属ギルバート・ロト・アメリアの魂の情報から肉体を生成します。


――討伐図鑑からの通告――ギルバート・ロト・アメリアと主人、カイ・ハイネマンとの魂の連結度の上昇のため、封印中の記憶が大幅に解放されます。魂の連結度50%


――――記憶解放50%


 それは今までの記憶とはだいぶ様相が変わっていた。

 断片的ではあるが、最低屑野郎の記憶がモノローグのごとく流れていく。それらは今まで通り心底クズのようなものばかりだったが、いつしか若干趣が変わり始めていた。


 汗だくの僕が仰向けになって雲一つない真っ青な青空を眺めていた。

 ずっと魔法を撃ち続けて、気を失っていたんだと思う。


「殿下、お疲れ様です」


 そばかす少年の従者テトルが、心配そうな顔でタオルを僕に渡してくる。


「ああ、サンキュー!」


 僕は満面の笑みでテトルからタオルを受け取ると、顔を拭く。

 身体自体はくったくたのはずなのに、不快な気持ちが微塵もせず、逆にとっても清々しい。


「遂に明日が試験ですね?」

「そうだな」


 この日のために毎日血のにじむような訓練をしてきたのだ。明日は何が何でも合格してやる。


「でも、殿下、本当に合格したら本当にこの王都をお出になるおつもりですか?」


 テトルが両手を絡ませながら、躊躇いがちに尋ねてくる。

 昔からの付き合いだからわかる。このようにしているテトルは僕に何か意見具申があるときだ。


「まあな。アメリア王国の王になるためには武力は必須。理想の王になるために、魔法を極めておく必要がある」


 僕が尊敬する王は、魔導王とまで称された初代王シールウス・ロト・アメリア。卓越した政治力と魔法の力により、このアメリア王国を建国した真の賢王。


「ですが、別に今バベルに留学する必要はないと愚考いたします」


 消え入りそうな声でいうテトルに、僕は苦笑いをする。

 テトルが反対しているのは単に長馴染みの僕がいなくなることが寂しいだけ。こいつは寂しがり屋だし。


「いんや、最年少のバベル入学という肩書は重要だ。ただでさえ、この国は叔父上のせいで評判は最悪なわけだし」


 叔父上であるクヌート・ロト・アメリアが行った大虐殺のせいで、アメリア王国の評判は最悪。このままいけば、各領地で反乱すら起きかねない。早急に立て直さなければならないのだ。


「それはわかりますが……」

「心配するな。テトル、お前も一緒にくるんだっ!」


 右手を差し出すと、


「は、はいっ!」


 歓喜にパッと顔を輝かせるテトルも僕の右手をとる。


 場面は試験会場へと変わる。

 周囲の受験生も試験官もあっけに取られて僕と青髪の少女の試合を眺めていた。

 適性試験も、各種魔法実技試験も、この最も配点の高い総合武闘試験もすべて互角。そして、奴の魔法が直撃して僕の意識は失われてしまう。

 気が付くと隣の椅子に座っていた青髪の少女が立ち上がり、僕に右手を差し出してくる。


「同年代でこのボクとまともに戦える奴がいるとは思わなかったよ。ボクはシリス。まあ、きっと同じクラスだとは思うけどよろしく頼むよ」


 そいつ、シリスはテトル同様、アメリア王国の下級貴族なのにもかかわらずやけに尊大でそして、途轍もなく強く、優れていた。僕はバベルに入った一年間、全てこの女に煮え湯を飲まされていた。

 だが、それも最初の年だけ。次第に僕の魔法の強さと技術が飛躍的に増していったのだ。そして、ある時を境にあっさり彼女を追い抜いてしまう。


「ギル、あの試合、なぜ、手を抜いたッ!?」


 彼女は僕の胸倉を掴むと歯茎を剥き出しにして怒りの声を述べる。


「相変わらず、失敬な奴だな。僕は手を抜いたりしてはいない」

「嘘を言うなッ! 撃ち合ってみればわかる! 君は間違いなく手を抜いていたっ!」

「しつこいな。僕は真剣だったさ」


 もちろん、僕自身この日の試験に手を抜いたつもりはなかった。でも、負けてもいいかもとも思っていたのも事実だ。

 これは、風の噂でシリスの実家の領地が今年の飢饉でかなりマズイ状況になっており、多方面に援助を求めていることを知っていたから。

 バベルの総合闘技大会の優勝者には莫大な賞金が支払われる。この賞金は今のシリスにとって喉から手が届くほど必要なのは間違いない。

 だから、どこか真剣になれなかったのも事実かもしれない。だけど、それの何が悪い?

 僕は彼女との生活を気に入っていたし、何度も戦っていれば負けることの一度くらいある。こんな子供のお遊びの試験で少しでも彼女の助けになるならそれが一番いいじゃないか。


「ギル、君には失望した。ボクは君を軽蔑する」


 両眼に涙を貯めてシリスは僕にそう言い放つ。それが、シリスを見た事実上最後の姿だった。

 結局、シリスは賞金を受け取らなかった。そして、シリスとその領主の一族は一部の無法者に先導された飢饉であえぐ領民により、あっさり殺されてしまう。

 そうだ。きっと多分僕はこのとき自分が決定的に彼女の誇りを傷つけてしまったことをわかってしまった。あのとき手を抜かず、彼女に勝利してしてさえいれば、きっと彼女は僕からのその賞金の援助を受けいれ、死ぬことはなかった。

 しかし、この時の僕は自身に彼女の死の責任がないと信じたくて、己の魔法の才能と魔法そのものを憎み、そして無法者に簡単に騙される平民を憎んだ。

 きっとこれが僕の歯車が狂ったきっかけだったんだと思う。


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