第78話 第二試練の裏事情


 ギルバートが息絶えた前で、無言で佇むカイ・ハイネマンの背後に忽然と姿を現す、片眼鏡の悪魔アスタ。

 アスタがパチンと指を鳴らすと、亡骸であるはずのシャルムとラミエルの姿が煙のように消失する。


「マスターご指示の保険が発動。あの都市の全魔物どもの避難は完了したのである。予定通り全員、記憶を消した状態で解放するのである。だが、本当に良いのであるか?」

「何がだ?」


らしくなく、そっけなく感情が籠っていない主の返答にアスタは、悔しそうに下唇を噛みしめていたが、


「マスターはあの魔物どもをローゼ嬢の領地の領民候補にする予定だったはずである」


 今己が最も知りたい事項を尋ねる。


「はっ! ゲームに負けた以上、私にそれを提案する権利はないよ。あくまで彼らが信じたのはギルであり、私ではない。新都市キャット・ニャーもこれで終わり。交渉の余地などないさ」

「そうであるな……」

「まったく性に合わないことなどするものではないな。あんな馬鹿王子一人の死で、この私がこうも動揺するとは……誤算もいいところだ」


 初めて振り返るカイ・ハイネマンに、アスタは大きく目を見開いていたが、深い深いため息を吐くと、


「きっと、マスターはご自身がお考えである以上にとっても頑固で素直じゃないのである」


 どこか寂しそうな声色でそう断言した。


「頑固で、素直じゃない……か。柄にもないってやつなのかもな。それで? そんな世間話をしに来たわけじゃないんだろ?」


 カイ・ハイネマンは一度肩をすくめると、一切の表情を消してアスタに発言を促す。

 アスタは小さく頷く。


「あのシャルムという猫娘の件である」

「シャル? 彼女がどうかしたのか?」

「吾輩の能力であの猫娘を型にして生成した人形で、大将二柱の現界が成功したのである。絶対にあれは異常である」


アスタのこの発言に、カイは目を細めてしばし凝視していたが、


「やはり……か……あんな雑魚どもでも強かったのだな?」


 そんな矛盾しかない台詞を吐いた。


「雑魚である。ただし、この世で唯一マスターにとってのみ。吾輩を含めて他のいかなる存在にとってもあれらは紛れもない絶対者である」


 カイは大きく息を吐き出すと、瞼を閉じて少しの間天を見上げていたが、顔をアスタに向き直り、


「今更、お前がその事実を伝えたってことは、何か問題があるのだな?」


 アスタは厳粛した顔で大きく顎を引き、


「二大将まで現界したことで、この茶番の件は知られたのである」


 噛みしめるように伝える。


「誰にだ?」

「天軍と悪軍双方の総大将・・・にである。マスターの危険性を明確に認識した奴らは、今後なりふり構わず行動してくるのである。つまり――」

「奴らが現界とやらをするために、彼女が狙われるってわけか……」

「……」


無言で頷くアスタに、カイは大きく息を吐き出すと、


「せめてものギルへの手向けだ! 彼女は我らが保護する。傷一つつけることは許さんっ! ただし、それを誰にも知られないようにしろ! 本人も含め誰にもだっ!」

 

 力強く命を下す。


「了知したのである。それで、この地に紛れた身の程知らずの阿呆どもと、他の魔族領に逃れた悪軍の残党はどうするつもりであるか?」

「そんなの、もちろん、決まってるだろ?」


 兇悪な笑みを浮かべるカイに、アスタは右の掌を胸にあてて軽く頭を下げると、


「マスターのお好きになさいませ」


 恭しく口にする。


「そうするさ。今俄然、そうしたい気分なのだ」


 獣のようなギラギラとした表情でカイは部屋を出て行ってしまうのだった。


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