第70話 悪夢の始まり

 代表者キージの挨拶が終わり、運営主催の様々な催しが開かれる。

 運営の仕事もひと段落が付いたので、現在、僕とシャル、チャトの三人で、広場で開かれている出し物に参加している。

 奇抜な恰好をしたシープキャット族の女性ターマがボールに乗りながら、同様の恰好をした剣を持つハイオーガ族の若い女性と踊りを踊っていた。


「本当にターマもハイオーガも器用だよね」


 あのような飛んだり跳ねたりする演技は人族の僕には無理だ。いや、正確には一人心当たりがありそうな気もするんだが、やはり記憶に霧がかかったようになり、思い出せない。


「オルゴ曰く、ハイオーガ族が器用なのは主に女で、男はあれの真似は絶対にできないらしいぜぇ。まあ、それは多かれ少なかれ俺たちも同じだがよ」


 チャトが今も踊っているターマをぼんやりと眺めながらそんな感想を述べる。


「へぇ、君らの部族も男性より女性が器用なの?」

「まあな。あんな曲芸のような芸当は俺にも無理だ」


 チャトは普通に身軽だから楽勝だと思っていたが、そうか。あれは難しいのか。

 

「でも、私全然できないよ?」


 シャルがキョトンとした顔で尋ねるが、


「まあ、お前は本当に鈍臭どんくさいからな」


 チャトがしみじみと実感が籠った感想を述べる。


「ぶーぶー、抗議します!」


 頬を膨らませて叫ぶシャルの頭を数回撫でると、


「確か隣で武道会もやっていたよね?」


 話題を変えることにした。ほら、シャルって拗ねると口をきいてくれなくなったりするし。百害あって一利なしなのだ。

 

「そうだな。確か、今、サイクロンの旦那とオルゴが戦っているはず。行ってみるか?」

「そうだね」


 ターマに右手を挙げて隣の大きな建物へと向かう。


 大勢の声が合わさり、地鳴りとなって大気さえも揺るがす中、その建物の中心にある円舞台の上では、一つ目の巨人と鬼の魔物が文字通り激闘を繰り広げていた。


「おお、やってる。やってる」


 チャトがみたところ、二人の実力は完全に拮抗しているようだ。この熱気からも中々見ごたえのある試合なのは間違いあるまい。

 僕らも客席に座り、観戦を開始する。


「随分、低レベルね。やっぱり、――の思い過ごしよ」


 皆が見入っている中、場違いな言葉が耳に飛び込んできて咄嗟に振り返ると、白色の羽を背中から生やした赤髪の女性、そしてその隣にいる黒髪の鼻根部にそばかすのある少年が目に留まる。


 ――ズキンッ!


 脳の中に杭でも撃ち込まれたような痛みが頭の中に生じる。同時に景色が歪み、

 僕の後を必死に追う、丁度8歳くらいのそばかす少年の姿と、


 ――僕の騎士に無能などいらぬ。殺せ!


 あの夢の中の最低クズ野郎となった僕が激高する光景がリンクする。

 

「――ル」

「ぐっ……」


 両手で割れるような頭を押さえて呻き声を上げる僕に、


「ギル?」


 隣の席に座っていたシャルが不安そうな顔で僕の袖を引っ張っていた。

 途端に頭痛が収まり、視界もいつものクリーンなものとなる。

 あの二人の背中から生えている羽からして、多分ガルタ族だろう。ガルタ族は、シープキャット族同様、鳥の頭部のものもいれば、人の頭部のものもいる。あの人に極めて酷似している容姿も別にそう珍しいものではない。

 それにしても、あのそばかすのガルタ族の少年、なぜか強烈な既視感がある。というより、懐かしさってやつだろうか。多分デジャヴというやつだろうが、一度話しかけてみれば、はっきりするはず。


「大丈夫」

 

 シャルの髪を一撫ですると、声をかけるべく席を立ちあがり、


「君――」


 ガルタ族の少年と少女に声をかけようとしたとき――。


 ――カンカンカン!


 けたたましい鐘の音が辺り一帯に響き渡る。

 皆何事かと一斉に席から立ち上がり音のする北門付近へ視線を向ける。僕も思わず音源へと顔を向けると、闘技場の天上に備え付けられている通信用の魔法具から、


『来襲ッ! 来襲ッ! 魔王軍の来襲だっ!』


 見張りのガルタ族の青年の焦燥たっぷり含んだ叫び声が聞こえてくる。

 当然のごとく辺りは豆が弾ぜたような喧噪に包まれる。


「ギルッ!」


 チャトがいつになく強張った表情で僕に次の行動を促してくる。


「サイクロンとオルゴは他のすぐに主要メンバーをいつもの会議場へと招集して!」

『おうッ!』

『……』


 二人とも大きく頷くと混乱の最中の闘技場を走り去っていく。


「チャトとシャル、君たちはこの都市の市民たちを避難場所に誘導してくれ!」

「了解だ!」

「うんっ! 頑張るッ!」


 二人とも大きく頷くと、


「皆、今から避難場所へと案内する。すぐに移動してくれ!」


 チャトが大声を上げる。


「避難場所まで誘導するんだよぉ!」


 シャルも小さな両手をブンブン振って自らの役割を演じようとする。

 これなら任せて大丈夫。僕も己の使命を全うするとしよう。

 まずは状況の把握だ。北門までなら僕の足なら数分とかからない。今は現状を把握すべきとき。

 僕は全力で北門へ向けて走り出した。


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