第69話 考えられる上で最も危険で傍迷惑なゲームへのエントリー

「あれが魔物の街ね」


 真っ白な翼を背から生やした上級天使ラミエルは眼前に見える魔物の都市を複雑な心境で眺めていた。

 主神アレスの命でこの地の調査を命じられ、この都市にたどり着いたのである。

 魔物とは本来、悪神、邪神、獣神の下級神の眷属が戯れで作った種族。つまり、ラミエルたちとはいわば犬猿の仲であり、敵地に侵入するに等しい。


「気が進まないけど、これもアレス様の御為おんため。やるしかない」


 どうせ、たかが魔物と魔族の争いだ。ラミエルたち上級天使からすれば、下界の強者など大したことはない。文字通り、強さの基準が違う。強者たる竜種や精霊であっても、ラミエルたちからすれば、鼻歌を口遊みながら踏みつぶせる道端を歩く蟻に過ぎない。

 アレス様は多神の襲撃以来、相当ナーバスになっている。だから、必要以上に警戒しているだけ。

 あの悪質な蠅の神も天軍が本気で討伐に乗り出している以上、すぐに処分されるはず。

 ラミエルの任務は下界に対する取るに足らない主の危惧を取り除くこと。雑魚しかいなかったことを知らせれば、主も大層ご安心なされることだろうから。


「では我らが愛する神のため、必ずや吉報をお持ちいたしますぅ」


 そう強く叫ぶと胸に両手を当ててから魔物の街へと歩き出す。

 今のラミエルにとって下界は雑魚ばかり。その固定概念にどっぷりつかってしまっている。下界のものは神には勝てぬ以上、確かにそれは通常ならばこの上なく正しい。だが、一柱ひとりの怪物の仕業により、この世界レムリアは大きく変質してしまっている。

 この地にいるのは悪軍の大将二名に中将三名、将校たち多数。これだけでも、天軍の主力を壊滅させかねない戦力。より最悪なことに、そもそもこのゲームの主催者は、この世で最も悪質で邪悪な怪物。その怪物にはこのゲームに対する一切の妥協も慈悲もない。これは、そんな最悪とも言っていい真剣勝負の遊戯。

 もはや一介の天使が関与できるレベルは、とっくに超えてしまっている。

 ラミエルは今、地獄の門をくぐる。これは、考えられる上で最も危険で傍迷惑なゲームに彼女がエントリーした瞬間だったのだ。

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