第62話 それは――知らぬが仏を体現したゲーム

 転びながら走り去ったネイムから視線を外すと、道化師ピエロは背伸びをして、


「君らはこれからこの地を拠点として儀式を継続して悪軍を補充して欲しい」

「わかってる。で? 贄は?」


 大きな欠伸をしながら、紅の幾何学模様が刻まれた少年が尋ね、


「この地には魔族という贄の軍がいる。足りなくなったら、そうだね。南側の魔物どもを襲いなよ」

「魔物? そんなものが贄に役立つのか?」


 三面鬼のアスラは怪訝そうに疑問を口にする。


「まあね。魔物とはいっても、一部土地神クラスがいたし、もしかしたら、掘り出し物もいるかもよ」

「土地神クラスねぇ。どのみち雑魚じゃねぇか」

「まあ、僕らからすれば、全てが雑魚さ。そうじゃないかい?」

「違いない。ま、仮にもお前が掘り出し物というくらいだしな。もしかすれば、残りの奴らも早々に現界できるかもだしよぉ」


 アスラの独り言のような感想に、


「僕らが悪軍を呼び出すのはいいとして、君はどうするのさ?」

「もちろん、あのネイムとかいう魔族の後をつけて残りの魔族も補充しておくのさ」

「ああ、褒美とか気色悪いこと言ってたからなんだと思ったけど、そういうわけか」


 合点がいったように、幾何学模様の少年アンラが相槌を打つと、


「んな面倒な事をせんでも、拷問でもして聞き出せばいいじゃねぇか?」


 アスラが言うまでもない疑問を口にする。


「馬鹿だね。その悪趣味が服を着ている奴がそんなまともなこと考えてるわけないじゃないか。どうせ、あの虫けらにとってそれがより最悪だってことだろ?」

「どうだろうね」


 道化師ピエロは口角を吊り上げる。その悪質な表情を一目見れば、アンラの言葉が的を得ていることは明らかだった。


「餌が多いのはいいことだしよぉ。人間の補充も頼むぜぇ。現界して腹ぁ減ってるからなぁ」

「それは任せてくれ。頃合いをみて運んでくるさ」


 道化師ピエロはパンパンと両手を鳴らすと、


「さあ、ゲームの開始だ。皆気張って悪の限りを尽くそうじゃないか!」


 ゆっくりと歩き出す。


 ――その通り。これは確かにゲーム。だが、本質はあくまで愚かな王子の命を賭けた敗者復活戦。それ以上でも以下でもない。仮に彼ら悪の大将たちが、愚かな王子を殺して悪の限りを尽くしたとしても、彼らは彼ら以上の悪の存在により地獄の底へと叩き落される。

 そう。彼らの敗北は既に決まっている。その事実に彼らはまだ知らず、滑稽に最悪の怪物の掌の上で踊り始める。その踊りながら向かう先は、死より辛く恐ろしい悪夢への旅。

 知らぬが仏。まさにそれを体現したゲームの歯車はこの時軋み音を上げてゆっくりと動きだす。


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